着ぐるみマンガ界の巨匠、ダラダラ・マンガ界の巨匠、1980年代高校生制服保存界の巨匠、健全すぎるラブコメ界の巨匠、物陰からのぞきマンガ界の巨匠、にょろりマンガ界の巨匠である(最後の方は何言ってるかわかりませんが)桑田乃梨子先生ではありますが、実は「心霊コメディ」界の巨匠でもあります。
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その巨匠による「心霊コメディ」の新作がコレ↓
・桑田乃梨子 (2017.2) 『明日も未解決』. 173pp. 白泉社, 東京.
←初出 : 楽園 web増刊, 2012年8月~2016年12月
装丁 : 平谷美佐子
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これまで、「おそろしくて言えない」(1990~92年)、「1+1=0」(2000年)といった心霊コメディの名作を送り出してきた桑田先生が、久々に放った心霊コメディ新作です。
なんと4年かけて1冊という、「ダラダラ・マンガ界の巨匠」の名に恥じぬダラダラっぷり!
といっても、楽園本誌が年3回しか出ない雑誌なので、それに合わせてweb増刊での連載も年3回。このスピード時代に、なんという逆行スケジュールだ。あのpanpanyaでさえ、年1冊ずつ単行本を出しているというのに!
桑田先生は、10年でわずか6冊というダラダラ・マンガの金字塔「888」という名作もあるのですが、このスローペースはそれを下回る、いや上回る。
が、桑田先生の作風・画風は、もうここ30年近く安定しまくっているので、単行本で読んでも、4年の歳月は微塵も感じさせない。
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物語は、4人の男子高校生(1人は浮遊霊)がワイワイやってるうちに1冊終わる。でも、エンディングは、これ以上ないくらい見事に決まってます。さすがです。
物語の縦糸としては、浮遊霊を成仏させるまでを描いているのだが、いったい全体「浮遊霊が成仏していく過程」などを描いたマンガが、これまであっただろうか?
霊が徐々に落ち着いていき、生前の記憶も薄れ、本当に成仏に近くなっていく後半の描写は見事だ。こんなマンガは見たことないぞ。
浮遊霊・原田の片思い相手・相川さんも、なかなかわいくてよろしい。
同書, p.161
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最近は新刊が出ても、1冊だけひっそり棚に刺してあることが多い桑田作品だが、これは数冊面出し陳列だった。うれしいなあ。
愛猫にょろりを亡くしてから少し元気のない感じの桑田先生だが、またこういうワイワイものをどんどん描いてほしいですね。毎回買うぞ!(全作品持ってるし)
2017年2月28日火曜日
2017年2月19日日曜日
石黒正数 『それ町廻覧板』
・石黒正数 (2017.2) 『それでも町は廻っている 公式ガイドブック 廻覧板』(コミック004). 175pp. 少年画報社, 東京.
DESIGN : SHO KAWAMURA [TWINTAILS DESIGN]
『それ町16(最終巻)』と同時発売の副読本。A4という大判の本です。
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いやあ、濃いですね。すぐには読みきれない。特濃だ。
単行本表紙イラスト、雑誌表紙イラスト、オールカラー・キャラクター図鑑、全エピソードの作者自身による解説、単行本未収録エピソード、雑多なオマケイラストなどなど。
これでもか、というくらい『それ町』が詰め込んである。
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一番驚くのは、やはり「全エピソードの作者自身による解説」でしょう。やりすぎですよね。
これは、つげ義春が自分の全作品を語ってしまうという、空前絶後の企画(と思ってた)
・つげ義春+権藤晋 (1993.9-.10) 『つげ義春漫画術 上・下』. 305pp.+426pp.ワイズ出版, 東京.
以来ではなかろうか。
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『それ町』は、前回も書いたように、時系列がバラバラに並べてあるので、どの話とどの話が連続しているのかわかりにくい。それがまたカルトなファンを生む所以でもあるのだが。
それを「どれとどれがつながる」だとか「落ちの種明かし」だとか「読者が気づかないような種明かし」だとか、どんどん作者が解説してしまうのだ。
この作者、完全にこの作品を終わらせる気だ・・・。
この解説の後では、『それ町』について、重箱の隅をつつくようなレビューはほとんど成立しなくなる。ペンペン草も生えません。
なんてことするんだ!
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かねてより「最終巻に収録する」と宣言していたが入りきらなかった、3年間の年表、つまり「全エピソードを時系列に並べ直したもの」も収録されている。
こういうものをきっちり作って「前後に矛盾がないように」とか、「いずれ描くエピソードの伏線を入れておこう」とか、考えながら連載してたわけだ。いやー、すごいですね。前回「設定魔」と呼んだのは、そういうわけなのです。
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単行本未収録作で貴重なのは、TVアニメ化BluRay BOXのオマケマンガ「辰野俊子バンド」だろう。
このエピソードは全16巻の中でも、最重要エピソードである、学園祭でのバンド演奏を描いた3巻第021話「迷路楽団」の合間を描いたエピソードです。
同書, p.144
この最後のコマが見れるだけでも、この『廻覧板』は買いですよ。
------------------------------------------
ここでも紺先輩がすごくいいわけなんですが、『廻覧板』でたびたび描かれているカラーの紺先輩は、なぜかあんまりよくない。紺先輩は白黒が似合いますね。
カラーでは、むしろタッツンの魅力がよく出ている。
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この本には、下絵や設定資料なども収録されているんだが、特にこういう大判で見ると、絵のうまさがはっきりわかる。
『それ町』では、デフォルメした絵を描く機会が多いのだが、服の皺なども細かく描かれており、絵の達人であることがわかる。
短篇集などでは、大友克洋タッチの作品も多く、本来は写実的な絵の人であることがわかる。
同書, カバー表4
これは、雑誌に載った(いや、作者のTwitterだったかな?)予告編での、最終回「ニセ内容」らしいのですが、これ大友克洋の「Fire Ball」へのオマージュですな。
え、「Fire Ball」知らない?でしたら、
・大友克洋 (1990.4) 『彼女の想い出 大友克洋短篇集1』(KCデラックス ヤングマガジン). 257pp. 講談社, 東京.
でどうぞ。超・超・超名作ですよ。
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『それ町 16』は、最終巻からいきなり読み始めても充分楽しめるが、『廻覧板』から始めるのはやめた方がいい。あまりの内容の濃さに、本編を読む気を失う可能性がある。
全16巻を揃えてから、この『廻覧板』に戻ってほしい。もっとも、その時にこの『廻覧板』手に入るかどうかは知らん。数年後にはプレミアついてそうな気もする・・・。
まあとにかく、ディープな『それ町』ファンには必携のこの一冊。早く買わないと、なくなるぞー(増刷なければ、の話だが)。
DESIGN : SHO KAWAMURA [TWINTAILS DESIGN]
『それ町16(最終巻)』と同時発売の副読本。A4という大判の本です。
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いやあ、濃いですね。すぐには読みきれない。特濃だ。
単行本表紙イラスト、雑誌表紙イラスト、オールカラー・キャラクター図鑑、全エピソードの作者自身による解説、単行本未収録エピソード、雑多なオマケイラストなどなど。
これでもか、というくらい『それ町』が詰め込んである。
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一番驚くのは、やはり「全エピソードの作者自身による解説」でしょう。やりすぎですよね。
これは、つげ義春が自分の全作品を語ってしまうという、空前絶後の企画(と思ってた)
・つげ義春+権藤晋 (1993.9-.10) 『つげ義春漫画術 上・下』. 305pp.+426pp.ワイズ出版, 東京.
以来ではなかろうか。
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『それ町』は、前回も書いたように、時系列がバラバラに並べてあるので、どの話とどの話が連続しているのかわかりにくい。それがまたカルトなファンを生む所以でもあるのだが。
それを「どれとどれがつながる」だとか「落ちの種明かし」だとか「読者が気づかないような種明かし」だとか、どんどん作者が解説してしまうのだ。
この作者、完全にこの作品を終わらせる気だ・・・。
この解説の後では、『それ町』について、重箱の隅をつつくようなレビューはほとんど成立しなくなる。ペンペン草も生えません。
なんてことするんだ!
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かねてより「最終巻に収録する」と宣言していたが入りきらなかった、3年間の年表、つまり「全エピソードを時系列に並べ直したもの」も収録されている。
こういうものをきっちり作って「前後に矛盾がないように」とか、「いずれ描くエピソードの伏線を入れておこう」とか、考えながら連載してたわけだ。いやー、すごいですね。前回「設定魔」と呼んだのは、そういうわけなのです。
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単行本未収録作で貴重なのは、TVアニメ化BluRay BOXのオマケマンガ「辰野俊子バンド」だろう。
このエピソードは全16巻の中でも、最重要エピソードである、学園祭でのバンド演奏を描いた3巻第021話「迷路楽団」の合間を描いたエピソードです。
同書, p.144
この最後のコマが見れるだけでも、この『廻覧板』は買いですよ。
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ここでも紺先輩がすごくいいわけなんですが、『廻覧板』でたびたび描かれているカラーの紺先輩は、なぜかあんまりよくない。紺先輩は白黒が似合いますね。
カラーでは、むしろタッツンの魅力がよく出ている。
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この本には、下絵や設定資料なども収録されているんだが、特にこういう大判で見ると、絵のうまさがはっきりわかる。
『それ町』では、デフォルメした絵を描く機会が多いのだが、服の皺なども細かく描かれており、絵の達人であることがわかる。
短篇集などでは、大友克洋タッチの作品も多く、本来は写実的な絵の人であることがわかる。
同書, カバー表4
これは、雑誌に載った(いや、作者のTwitterだったかな?)予告編での、最終回「ニセ内容」らしいのですが、これ大友克洋の「Fire Ball」へのオマージュですな。
え、「Fire Ball」知らない?でしたら、
・大友克洋 (1990.4) 『彼女の想い出 大友克洋短篇集1』(KCデラックス ヤングマガジン). 257pp. 講談社, 東京.
でどうぞ。超・超・超名作ですよ。
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『それ町 16』は、最終巻からいきなり読み始めても充分楽しめるが、『廻覧板』から始めるのはやめた方がいい。あまりの内容の濃さに、本編を読む気を失う可能性がある。
全16巻を揃えてから、この『廻覧板』に戻ってほしい。もっとも、その時にこの『廻覧板』手に入るかどうかは知らん。数年後にはプレミアついてそうな気もする・・・。
まあとにかく、ディープな『それ町』ファンには必携のこの一冊。早く買わないと、なくなるぞー(増刷なければ、の話だが)。
2017年2月18日土曜日
二人の設定魔 石黒正数 『それ町 16(最終巻)』、九井諒子『ダンジョン飯 4』
・石黒正数 (2017.2) 『それでも町は廻っている 16』(YKコミックス/少年画報社コミックス003). 194pp. 少年画報社, 東京.
・九井諒子 (2017.2) 『ダンジョン飯 4』(BEAM COMIX). 191pp. 角川書店, 東京.
装丁 : 須田杏菜
の2冊が発売されました。
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両書とも・・・・素晴らしい!
日本に生まれて、マンガが読めて、ホントに幸せだ!と思える2冊です。
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『それ町 16』の方は、最終巻。どのエピソードも完結へ向けて、丁寧に作ってあります。
同書, p.74
第125話「紺先輩スペシャル」は、文字通り、紺先輩をフィーチャーした最後のエピソードなので、表紙にも一際力が入ってる。美しい。ちょっと江口寿史っぽいが。
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同書, 裏見返し
この作品は、主人公・歩鳥の高校3年間の時間をランダムに取り上げた作品なので、どこから読んでもOK。だから、最終巻からいきなり読み始めても大丈夫だ。
ここから、前の巻をどんどん掘っていきたくなるはずだ。
------------------------------------------
『ダンジョン飯 4』は、ついにクライマックス、炎竜(レッドドラゴン)との対決と、ファリンの救出だ。
炎竜との対決の描写が多く、魔物食うんちくが少ないのが残念だが、アクション面での九井諒子の才能が炸裂する。別の意味で大満足だ。
それにしてもどんだけ才能あるんだ、この人は!恐ろしいほど、おもしろい!
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これで終わってもよさそうなのだが、これだけの人気作、出版社は完結を許さないだろう。まだ続きそうな巻末。
しかし、この人は職人肌、というか、むしろ技術屋。モティベーションが落ちたら、そんなに続かないだろう。あと1冊(ファリンが表紙)で終わり、と見た。
------------------------------------------
石黒正数、九井諒子、二人とも、勢いで書き飛ばすタイプではなく、じっくり設定を作って丁寧な作り方をする作家。理系マンガ家ですね。
こういう濃厚なマンガを続々と送り出してくれる日本の出版社は、やっぱりスゴイ。
これまで週刊誌ベースでの作品が注目されることの多いマンガ界だが、マンガ作品という形態は、月刊ベース位でないと、質の高い作品をコンスタントに送り出し続けるのはむずかしいのではないだろうか。
それを昔から実践しているのは女性向けマンガの世界。男性向けマンガもそろそろ転換を図る時期なのではないだろうか、という気がする。
とにかく、書き飛ばしでない、丁寧な作品をたくさん読みたい。
------------------------------------------
石黒正数も九井諒子も、全単行本揃っているので、どちらも近いうちにドカンと取り上げましょう。
とにかく、今読むべきこの2冊!
・九井諒子 (2017.2) 『ダンジョン飯 4』(BEAM COMIX). 191pp. 角川書店, 東京.
装丁 : 須田杏菜
の2冊が発売されました。
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両書とも・・・・素晴らしい!
日本に生まれて、マンガが読めて、ホントに幸せだ!と思える2冊です。
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『それ町 16』の方は、最終巻。どのエピソードも完結へ向けて、丁寧に作ってあります。
同書, p.74
第125話「紺先輩スペシャル」は、文字通り、紺先輩をフィーチャーした最後のエピソードなので、表紙にも一際力が入ってる。美しい。ちょっと江口寿史っぽいが。
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同書, 裏見返し
この作品は、主人公・歩鳥の高校3年間の時間をランダムに取り上げた作品なので、どこから読んでもOK。だから、最終巻からいきなり読み始めても大丈夫だ。
ここから、前の巻をどんどん掘っていきたくなるはずだ。
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『ダンジョン飯 4』は、ついにクライマックス、炎竜(レッドドラゴン)との対決と、ファリンの救出だ。
炎竜との対決の描写が多く、魔物食うんちくが少ないのが残念だが、アクション面での九井諒子の才能が炸裂する。別の意味で大満足だ。
それにしてもどんだけ才能あるんだ、この人は!恐ろしいほど、おもしろい!
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これで終わってもよさそうなのだが、これだけの人気作、出版社は完結を許さないだろう。まだ続きそうな巻末。
しかし、この人は職人肌、というか、むしろ技術屋。モティベーションが落ちたら、そんなに続かないだろう。あと1冊(ファリンが表紙)で終わり、と見た。
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石黒正数、九井諒子、二人とも、勢いで書き飛ばすタイプではなく、じっくり設定を作って丁寧な作り方をする作家。理系マンガ家ですね。
こういう濃厚なマンガを続々と送り出してくれる日本の出版社は、やっぱりスゴイ。
これまで週刊誌ベースでの作品が注目されることの多いマンガ界だが、マンガ作品という形態は、月刊ベース位でないと、質の高い作品をコンスタントに送り出し続けるのはむずかしいのではないだろうか。
それを昔から実践しているのは女性向けマンガの世界。男性向けマンガもそろそろ転換を図る時期なのではないだろうか、という気がする。
とにかく、書き飛ばしでない、丁寧な作品をたくさん読みたい。
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石黒正数も九井諒子も、全単行本揃っているので、どちらも近いうちにドカンと取り上げましょう。
とにかく、今読むべきこの2冊!
2017年2月12日日曜日
谷口ジロー先生逝去
・産経ニュース > 訃報 > 2017.2.12 00:06 漫画「孤独のグルメ」「『坊っちゃん』の時代」…谷口ジローさんが死去 69歳
http://www.sankei.com/life/news/170212/lif1702120013-n1.html
まだまだ描いてくれると思っていたのに・・・残念です。
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遺作は、
・谷口ジロー (2016.11) 『ヴェネツィア』. 128pp. 双葉社, 東京.
・谷口ジロー (2015.9) 『孤独のグルメ 2』. 141pp. 扶桑社, 東京.
・谷口ジロー (2015.2) 『千年の翼、百年の夢』(ビッグコミックススペシャル). 142pp. 小学館, 東京.
あたりになりそうだが、やっぱり『千年の翼、百年の夢』が掉尾を飾るのにふさわしい作品だと思う。
カバー・デザイン : 蓑原圭介(ロケット・ボム)
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ルーブル美術館の歴史をめぐる幻想連作。美しい作品です。谷口先生の興味を特に惹いたのは「サモトラケのニケ」。復元(想像)されたニケが狂言回しとして何度も登場します。
同書, p.118
最終ページよりも、このページが終わりにふさわしいような気がする。
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最近は『孤独のグルメ』で一般にもよく知られているけど、それ以前の作品も読んでほしい。
とはいえ自分も、谷口作品の熱心な読者とはいえず、『孤独のグルメ』以降、身近な人となったのはみんなと同じです。それまでは結構とっつきにくい作風・絵柄だったのだ。
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『「坊っちゃん」の時代』(原作 : 関川夏央)、『歩く人』、『父の暦』、『遥かな町へ』、『犬を飼う』、『散歩もの』あたりの後期作品ですかね、よく読んだのは。あんまり読んでないね、やっぱり。
それにしても、最後まで質の高い絵を描いておられた方でした。なかなかできる仕事じゃないです。
たくさんの作品をありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
http://www.sankei.com/life/news/170212/lif1702120013-n1.html
まだまだ描いてくれると思っていたのに・・・残念です。
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遺作は、
・谷口ジロー (2016.11) 『ヴェネツィア』. 128pp. 双葉社, 東京.
・谷口ジロー (2015.9) 『孤独のグルメ 2』. 141pp. 扶桑社, 東京.
・谷口ジロー (2015.2) 『千年の翼、百年の夢』(ビッグコミックススペシャル). 142pp. 小学館, 東京.
あたりになりそうだが、やっぱり『千年の翼、百年の夢』が掉尾を飾るのにふさわしい作品だと思う。
カバー・デザイン : 蓑原圭介(ロケット・ボム)
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ルーブル美術館の歴史をめぐる幻想連作。美しい作品です。谷口先生の興味を特に惹いたのは「サモトラケのニケ」。復元(想像)されたニケが狂言回しとして何度も登場します。
同書, p.118
最終ページよりも、このページが終わりにふさわしいような気がする。
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最近は『孤独のグルメ』で一般にもよく知られているけど、それ以前の作品も読んでほしい。
とはいえ自分も、谷口作品の熱心な読者とはいえず、『孤独のグルメ』以降、身近な人となったのはみんなと同じです。それまでは結構とっつきにくい作風・絵柄だったのだ。
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『「坊っちゃん」の時代』(原作 : 関川夏央)、『歩く人』、『父の暦』、『遥かな町へ』、『犬を飼う』、『散歩もの』あたりの後期作品ですかね、よく読んだのは。あんまり読んでないね、やっぱり。
それにしても、最後まで質の高い絵を描いておられた方でした。なかなかできる仕事じゃないです。
たくさんの作品をありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
2017年2月6日月曜日
熊倉献 『春と盆暗』 → 不思議ちゃん図鑑です
・熊倉献(くまくらこん) (2017.1) 『春と盆暗』(アフタヌーンKC-1534). 158pp. 講談社, 東京.
← 初出 : アフタヌーン, 2016年11月号~2017年2月号.
装丁 : 名和田耕平デザイン事務所
新人の短編作品集。2016年11月号でデビューして、1月にはもう初単行本を出してしまうのだからスゴイ。
書き溜めていた作品がすでに1冊分あって、それを雑誌に小出しにして行ったんではないか?という気はする。
------------------------------------------
これは、タイトルにも挙げたように「不思議ちゃん図鑑」です。
全5話、一人ずつ不思議ちゃんが登場。それにおとなしめの男子(総称「ボンクラくん」)が惹かれたり、振り回されたりする話が5つ。
それを、主に男子からの視点で描く。男子の方も、ちょっと孤独な変わり者ばかりだ。
------------------------------------------
不思議ちゃんというのは、総じて頭の回転が速いんだが、そうは見られない。
というのも、通常「頭の回転が速い」というのは、外からの刺激に反応し、早くて的確な対応が出来る人に対して使われる。
一方、不思議ちゃんの頭の回転は、ほとんど自分の頭の中だけに使われる。自己完結しているのだ。それじゃ、頭の回転がいくら速くても、外からはわからないよね。
------------------------------------------
さらに、出力(しゃべったり書いたり)が、その高速回転に追いつかないケースが多い。sampling rateが粗くなってしまうので、outputを並べても脈絡がないように見えるのだ。だから、傍からは「何言ってんの?」となる。
まあ、走っている自動車のタイヤ(ホイール)を動画に撮った時、sampling rateによって逆回転しているように見えるようなもんか。違うか??
それを面白がれる人が周りにいるかどうかで、不思議ちゃんへの周囲の評価は180度変わる。
なぜか「不思議ちゃん論」になってしまいましたが、作品の不思議ちゃんも見ていきましょう。
------------------------------------------
・第1話 月面と眼窩. pp.5-40.
ストレスを感じると、左手を「グーパーグーパー」する癖を持つサヤマさん。それが気になって仕方ないゴトウ君。
サヤマさんのピンチに、ゴトウ君が取った行動は・・・
客観的に見ると、二人とも「何言ってんの?何やってんの?」だし、最後にサヤマさんがゴトウ君に手渡したものも、筋はまあ通っているが、やっぱりよくわかんない。
そのズレ加減が絶妙で、ずっとクスクス笑いっぱなしでした。
同書, pp.36-37.
------------------------------------------
・第2話 水中都市と中央線. pp.43-78.
カラオケルームの外で、金魚のように上を向いて口をパクパクさせている常連メガネ女子高生(?)。それが気になって仕方がないフダ君。
そして、その子がチェックインの時に書く名前は、毎回違うのだ。神田、立川、中野、三鷹・・・。おお、これは一種の中央線マンガではないか。
------------------------------------------
・第3話 仙人掌(さぼてん)使いの弟子. pp.81-112.
中3の名取くんと、クラスメートに消しゴムかすを毎日投げつけられているが無視している矢野くん。
それに名取くんのハトコの「さわ姉」(28歳)。今回は「からかい系不思議ちゃん」です。まあ大人だから、それなりに不思議が昇華されているけど。
さらには、小道具としてサボテンに恐竜。この一見脈絡がないような道具立てを、全部使いきって話をまとめるあたり、かなりの手腕だ。
今回は恋愛ものとはちょっと違うかな。
------------------------------------------
・第4話 甘党たちの荒野. pp.115-150.
友人カジ山に「アニメを作るから、人類滅亡後の風景を描いてほしい」と頼まれたホシノくん。時間を早送りし、その風景を想像できるようになったはいいが、日常風景まで全部廃墟化して見えてしまう。
その能力を逆に使い、「時間を巻き戻して、ケーキの製法を想像してほしい」と頼む不思議系女子・大友さん。わけわかんないでしょ。
大友「『甘党』と書いて『なかま』です」
ホシノ「・・・・はい?」
爆笑。大友さんが少年マンガ・ファンという設定も、効果的に使われている。
ところでアニメ製作はどこに行ったんだよ、カジ山ぁ~!
第3話と第4話は、周囲を振り回す積極系不思議ちゃんでした。
------------------------------------------
・おまけ 二足獣. pp.153-158.
高校生になった第3話の矢野くん。クラスの自己紹介作文で「僕の父はサメ、母はオオカミ」と、いきなりとんでもないことを言い出すメガネ女子タチバナさん。
いやー、この子が一番強烈だ。その後、自己嫌悪に陥って、休み時間にカーテンにくるまってるタチバナさんカワイイ。
------------------------------------------
なんか豆腐料理をたくさん食べたような心持ち。いろんな料理出たけど、「でも全部豆腐」みたいな。
さて、この人は今後もこの路線で行くんでしょうか?見たところ、今回は一つの引き出しだけからネタを出してきているような感じ。他にも引き出しがあるのか?あるのなら楽しみ。
ないのなら、ここは編集者の出番でしょう。日常系の起伏の少ないストーリーでいい味出していた作家が、編集者のテコ入れでストーリー性の強い作品に挑戦し、大化けするケースは多い。また逆に、それが合わずに、元の日常系作品に戻る人もいる。
さて、この人はこの先どのパターンになるのか?それも楽しみだ。
個人的には、この不思議ちゃん路線、もう少し見たい気がする。口うるさい人には、「もうマンネリかよ」と言われるかもしれないけど。
===========================================
(追記1)@2017/02/06
「新人の短篇作品集」と書きましたが、デビューは2014年だそうです。ズブの新人じゃなかったんですね。
・講談社/モアイ > 試し読み > 熊倉 献『春と盆暗』 第1話「月面と眼窩」(2016/10/25)
http://www.moae.jp/comic/harutobonkura
熊倉 献(くまくら こん)
アフタヌーン四季賞「2012年夏のコンテスト」で佳作受賞。
2014年、「good!アフタヌーン」5号に読み切り『盤上兄弟』が掲載されデビュー。今作が初連載。
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(追記2)@2017/02/06
腰巻きのキャッチコピーはちょっとセンスないなあ。中身ちゃんと読んでるのかな?
どうして君みたいなエイリアンを好きになってしまったんだろう
って・・・この本に登場するボンクラ君たちは、そんな風には全然悩んでないよね。扱いにちょっと困ってるふうではあるけど。
「エイリアン」ってのも失礼だなあ。そんな風に「あっち側の人」として扱ってたら、うまくいくわけないですよね。不思議ちゃんはそこら辺は敏感だよ。
バイト先で出会った サヤマさんは 人あたり抜群で、 誰もが認める「いい人」、
ってのも、登場人物は他にもう一人しかいないのに、「誰もが」って・・・
← 初出 : アフタヌーン, 2016年11月号~2017年2月号.
装丁 : 名和田耕平デザイン事務所
新人の短編作品集。2016年11月号でデビューして、1月にはもう初単行本を出してしまうのだからスゴイ。
書き溜めていた作品がすでに1冊分あって、それを雑誌に小出しにして行ったんではないか?という気はする。
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これは、タイトルにも挙げたように「不思議ちゃん図鑑」です。
全5話、一人ずつ不思議ちゃんが登場。それにおとなしめの男子(総称「ボンクラくん」)が惹かれたり、振り回されたりする話が5つ。
それを、主に男子からの視点で描く。男子の方も、ちょっと孤独な変わり者ばかりだ。
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不思議ちゃんというのは、総じて頭の回転が速いんだが、そうは見られない。
というのも、通常「頭の回転が速い」というのは、外からの刺激に反応し、早くて的確な対応が出来る人に対して使われる。
一方、不思議ちゃんの頭の回転は、ほとんど自分の頭の中だけに使われる。自己完結しているのだ。それじゃ、頭の回転がいくら速くても、外からはわからないよね。
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さらに、出力(しゃべったり書いたり)が、その高速回転に追いつかないケースが多い。sampling rateが粗くなってしまうので、outputを並べても脈絡がないように見えるのだ。だから、傍からは「何言ってんの?」となる。
まあ、走っている自動車のタイヤ(ホイール)を動画に撮った時、sampling rateによって逆回転しているように見えるようなもんか。違うか??
それを面白がれる人が周りにいるかどうかで、不思議ちゃんへの周囲の評価は180度変わる。
なぜか「不思議ちゃん論」になってしまいましたが、作品の不思議ちゃんも見ていきましょう。
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・第1話 月面と眼窩. pp.5-40.
ストレスを感じると、左手を「グーパーグーパー」する癖を持つサヤマさん。それが気になって仕方ないゴトウ君。
サヤマさんのピンチに、ゴトウ君が取った行動は・・・
客観的に見ると、二人とも「何言ってんの?何やってんの?」だし、最後にサヤマさんがゴトウ君に手渡したものも、筋はまあ通っているが、やっぱりよくわかんない。
そのズレ加減が絶妙で、ずっとクスクス笑いっぱなしでした。
同書, pp.36-37.
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・第2話 水中都市と中央線. pp.43-78.
カラオケルームの外で、金魚のように上を向いて口をパクパクさせている常連メガネ女子高生(?)。それが気になって仕方がないフダ君。
そして、その子がチェックインの時に書く名前は、毎回違うのだ。神田、立川、中野、三鷹・・・。おお、これは一種の中央線マンガではないか。
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・第3話 仙人掌(さぼてん)使いの弟子. pp.81-112.
中3の名取くんと、クラスメートに消しゴムかすを毎日投げつけられているが無視している矢野くん。
それに名取くんのハトコの「さわ姉」(28歳)。今回は「からかい系不思議ちゃん」です。まあ大人だから、それなりに不思議が昇華されているけど。
さらには、小道具としてサボテンに恐竜。この一見脈絡がないような道具立てを、全部使いきって話をまとめるあたり、かなりの手腕だ。
今回は恋愛ものとはちょっと違うかな。
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・第4話 甘党たちの荒野. pp.115-150.
友人カジ山に「アニメを作るから、人類滅亡後の風景を描いてほしい」と頼まれたホシノくん。時間を早送りし、その風景を想像できるようになったはいいが、日常風景まで全部廃墟化して見えてしまう。
その能力を逆に使い、「時間を巻き戻して、ケーキの製法を想像してほしい」と頼む不思議系女子・大友さん。わけわかんないでしょ。
大友「『甘党』と書いて『なかま』です」
ホシノ「・・・・はい?」
爆笑。大友さんが少年マンガ・ファンという設定も、効果的に使われている。
ところでアニメ製作はどこに行ったんだよ、カジ山ぁ~!
第3話と第4話は、周囲を振り回す積極系不思議ちゃんでした。
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・おまけ 二足獣. pp.153-158.
高校生になった第3話の矢野くん。クラスの自己紹介作文で「僕の父はサメ、母はオオカミ」と、いきなりとんでもないことを言い出すメガネ女子タチバナさん。
いやー、この子が一番強烈だ。その後、自己嫌悪に陥って、休み時間にカーテンにくるまってるタチバナさんカワイイ。
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なんか豆腐料理をたくさん食べたような心持ち。いろんな料理出たけど、「でも全部豆腐」みたいな。
さて、この人は今後もこの路線で行くんでしょうか?見たところ、今回は一つの引き出しだけからネタを出してきているような感じ。他にも引き出しがあるのか?あるのなら楽しみ。
ないのなら、ここは編集者の出番でしょう。日常系の起伏の少ないストーリーでいい味出していた作家が、編集者のテコ入れでストーリー性の強い作品に挑戦し、大化けするケースは多い。また逆に、それが合わずに、元の日常系作品に戻る人もいる。
さて、この人はこの先どのパターンになるのか?それも楽しみだ。
個人的には、この不思議ちゃん路線、もう少し見たい気がする。口うるさい人には、「もうマンネリかよ」と言われるかもしれないけど。
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(追記1)@2017/02/06
「新人の短篇作品集」と書きましたが、デビューは2014年だそうです。ズブの新人じゃなかったんですね。
・講談社/モアイ > 試し読み > 熊倉 献『春と盆暗』 第1話「月面と眼窩」(2016/10/25)
http://www.moae.jp/comic/harutobonkura
熊倉 献(くまくら こん)
アフタヌーン四季賞「2012年夏のコンテスト」で佳作受賞。
2014年、「good!アフタヌーン」5号に読み切り『盤上兄弟』が掲載されデビュー。今作が初連載。
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(追記2)@2017/02/06
腰巻きのキャッチコピーはちょっとセンスないなあ。中身ちゃんと読んでるのかな?
どうして君みたいなエイリアンを好きになってしまったんだろう
って・・・この本に登場するボンクラ君たちは、そんな風には全然悩んでないよね。扱いにちょっと困ってるふうではあるけど。
「エイリアン」ってのも失礼だなあ。そんな風に「あっち側の人」として扱ってたら、うまくいくわけないですよね。不思議ちゃんはそこら辺は敏感だよ。
バイト先で出会った サヤマさんは 人あたり抜群で、 誰もが認める「いい人」、
ってのも、登場人物は他にもう一人しかいないのに、「誰もが」って・・・
2017年2月4日土曜日
冬目景 「黒鉄」 復活!
なんと、驚いた。冬目景・初期の代表作「黒鉄(くろがね)」が15年ぶりに復活です。
グランドジャンプ, vol.6, no.5(2017.2.15.)
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「黒鉄」は、1994~2001年にかけて、講談社のアフタヌーン/モーニングオープン増刊/モーニングに断続的に掲載された時代劇。
・冬目景 (1996.8~2001.10) 『黒鉄 1~5』(モーニングOPEN KC). 講談社, 東京.
← 初出 : アフタヌーン/アフタヌーン/モーニングオープン増刊/モーニング, 1994~2001.
→ 再発 : (2004.7~.9)『黒鉄 1~3』(講談社漫画文庫). 講談社, 東京.
(文庫版)
デザイン : (か)工房
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最近では珍しい股旅もの。そして主人公の「鋼の迅鉄」は、なんと時代劇なのにサイボーグだ。冬目景らしからぬマンガマンガした設定とキャラ絵が、人気の秘密かもしれない。
この人は放っておくと、盛り上がりに欠ける暗~いマンガを描いてしまうので、これくらい編集サイドの入れ知恵(たぶん)があっていい。
このマンガの世界観は、リアルな江戸時代ではなく、ほんとテレビや映画の時代劇の世界。作者もそのへんはかなり割り切って、自分が知ってる時代劇の定型に乗っかって作っている。
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毎回、無理やりのように女を重要な役に登場させるのも、冬目景らしいところ。迅鉄を追い回す股旅娘「紅雀の丹(まこと)」が狂言回しとして登場するようになったことで、ストーリー展開も安定してきた。
こういう、気が強いけど屈折した小娘を描くのは、冬目景にはお手のもの。作者もだいぶ動かしやすいらしく、出し方が絶妙だ。それに描き方もどんどんかわいくなっている。
(毎回出てくる)他の女性キャラも、準レギュラーの「壺振りの朱女(あやめ)」をはじめ、まあ美しいこと。絵の魅力だけでも読む価値がある。
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で、2001年に一応終わっているが、特にストーリーが完結したわけではなかった。物語の冒頭で大きな敵を設定しなかったので、それに向かってストーリーが展開されるわけでもない。
「行き当たりばったりで、街道沿いの宿場町で事件に巻き込まれる」という展開なので、いつでも終われるし、いつまでも終わらない、とも言える。
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そういうわけで、今回15年ぶりにあっさり復活出来たわけなのだが・・・
・冬目景 (2017.2) 黒鉄・改 出立の刻(しゅったつのとき)#1. グランドジャンプ, vol.6, no.5(2017.2.15.), pp.3-30.
同, pp.4-5.
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変わってませんね。安心。
絵は相変わらず文句なし。姐さん(ファンによる冬目景の愛称)の絵は完成していて円熟期を迎えているので、安定のうまさ。満足。
下描きが少し残ったような、ガサガサした線もお馴染み。そこで好き嫌いが分かれるかもしれないが、そこが姐さんの特色なのだから、受け入れて読んでほしい。
丹は、前より少し大人っぽく描いてあるかもしれないなあ。冒頭は丹が1ページぶち抜きで登場。
迅鉄は最後のコマで登場。お約束だけど、うまいねえ。
------------------------------------------
グランドジャンプは月2回刊なんだけど、毎回連載のよう。大丈夫なんだろうか・・・。
完結は期待していない。そもそもどうやって終わらせるのか、見当もつかないし。姐さんが飽きるまで続けてくれれば、それで充分。
グランドジャンプのこの号、結構売れてるようで、発売日翌日には見当たらなくなっていた。みなさんグランドジャンプ買いましょう。今ならまだ、探せばあるぞ。
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(追記)@2017/02/04
冬目景関係の過去ログ↓
2016年5月31日火曜日 冬目景 「アラナギサマ」
2016年5月19日木曜日 冬目景 『空中庭園の人々』 「夕闇古書市」
こちらもどうぞ。
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(追記)@2017/03/06
「黒鉄」復活を機に、旧「黒鉄」を読み返していたのだが、一番最後のエピソード「第十四幕 CHASER(迷走の青い宵(よる))」に出てくる女剣士・小宵(さよい)の美しさにやられた。
『黒鉄 3』(文庫版), p.293
『黒鉄 3』(文庫版), p.303
クールな佇まいな上に、この虚無さ加減。ゾクゾクします。
エピソードの最後では、再登場の含みも持たせてあるので、是非「黒鉄・改」でも登場させてほしい。
でもなあ、腐れ縁がぞろぞろ迅鉄の後ろをついてまわるのも、収拾つかなくなるからなあ(諸星大二郎 『西遊妖猿伝』みたいに)。すでに3人(全員女)まとわりついてるし・・・。
グランドジャンプ, vol.6, no.5(2017.2.15.)
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「黒鉄」は、1994~2001年にかけて、講談社のアフタヌーン/モーニングオープン増刊/モーニングに断続的に掲載された時代劇。
・冬目景 (1996.8~2001.10) 『黒鉄 1~5』(モーニングOPEN KC). 講談社, 東京.
← 初出 : アフタヌーン/アフタヌーン/モーニングオープン増刊/モーニング, 1994~2001.
→ 再発 : (2004.7~.9)『黒鉄 1~3』(講談社漫画文庫). 講談社, 東京.
(文庫版)
デザイン : (か)工房
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最近では珍しい股旅もの。そして主人公の「鋼の迅鉄」は、なんと時代劇なのにサイボーグだ。冬目景らしからぬマンガマンガした設定とキャラ絵が、人気の秘密かもしれない。
この人は放っておくと、盛り上がりに欠ける暗~いマンガを描いてしまうので、これくらい編集サイドの入れ知恵(たぶん)があっていい。
このマンガの世界観は、リアルな江戸時代ではなく、ほんとテレビや映画の時代劇の世界。作者もそのへんはかなり割り切って、自分が知ってる時代劇の定型に乗っかって作っている。
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毎回、無理やりのように女を重要な役に登場させるのも、冬目景らしいところ。迅鉄を追い回す股旅娘「紅雀の丹(まこと)」が狂言回しとして登場するようになったことで、ストーリー展開も安定してきた。
こういう、気が強いけど屈折した小娘を描くのは、冬目景にはお手のもの。作者もだいぶ動かしやすいらしく、出し方が絶妙だ。それに描き方もどんどんかわいくなっている。
(毎回出てくる)他の女性キャラも、準レギュラーの「壺振りの朱女(あやめ)」をはじめ、まあ美しいこと。絵の魅力だけでも読む価値がある。
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で、2001年に一応終わっているが、特にストーリーが完結したわけではなかった。物語の冒頭で大きな敵を設定しなかったので、それに向かってストーリーが展開されるわけでもない。
「行き当たりばったりで、街道沿いの宿場町で事件に巻き込まれる」という展開なので、いつでも終われるし、いつまでも終わらない、とも言える。
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そういうわけで、今回15年ぶりにあっさり復活出来たわけなのだが・・・
・冬目景 (2017.2) 黒鉄・改 出立の刻(しゅったつのとき)#1. グランドジャンプ, vol.6, no.5(2017.2.15.), pp.3-30.
同, pp.4-5.
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変わってませんね。安心。
絵は相変わらず文句なし。姐さん(ファンによる冬目景の愛称)の絵は完成していて円熟期を迎えているので、安定のうまさ。満足。
下描きが少し残ったような、ガサガサした線もお馴染み。そこで好き嫌いが分かれるかもしれないが、そこが姐さんの特色なのだから、受け入れて読んでほしい。
丹は、前より少し大人っぽく描いてあるかもしれないなあ。冒頭は丹が1ページぶち抜きで登場。
迅鉄は最後のコマで登場。お約束だけど、うまいねえ。
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グランドジャンプは月2回刊なんだけど、毎回連載のよう。大丈夫なんだろうか・・・。
完結は期待していない。そもそもどうやって終わらせるのか、見当もつかないし。姐さんが飽きるまで続けてくれれば、それで充分。
グランドジャンプのこの号、結構売れてるようで、発売日翌日には見当たらなくなっていた。みなさんグランドジャンプ買いましょう。今ならまだ、探せばあるぞ。
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(追記)@2017/02/04
冬目景関係の過去ログ↓
2016年5月31日火曜日 冬目景 「アラナギサマ」
2016年5月19日木曜日 冬目景 『空中庭園の人々』 「夕闇古書市」
こちらもどうぞ。
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(追記)@2017/03/06
「黒鉄」復活を機に、旧「黒鉄」を読み返していたのだが、一番最後のエピソード「第十四幕 CHASER(迷走の青い宵(よる))」に出てくる女剣士・小宵(さよい)の美しさにやられた。
『黒鉄 3』(文庫版), p.293
『黒鉄 3』(文庫版), p.303
クールな佇まいな上に、この虚無さ加減。ゾクゾクします。
エピソードの最後では、再登場の含みも持たせてあるので、是非「黒鉄・改」でも登場させてほしい。
でもなあ、腐れ縁がぞろぞろ迅鉄の後ろをついてまわるのも、収拾つかなくなるからなあ(諸星大二郎 『西遊妖猿伝』みたいに)。すでに3人(全員女)まとわりついてるし・・・。
2017年2月1日水曜日
三上修 『スズメの謎』
・三上修 (2012.12) 『スズメの謎 身近な野鳥が減っている!?』. 143pp. 誠文堂新光社, 東京.
ブックデザイン : 小野口広子(ベランダ)
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2015年9月29日火曜日 『ハトはなぜ首を振って歩くのか』
で、
数年後に「スズメはなぜホッピングをするのか?」という本を読むのが、今から楽しみである。
と書いた。
これがその本になるかなあ?と思って読みはじめたのだが、違ったよ。そもそも『スズメの謎』の方が出たのは先。
とはいえ、ガッカリしたかというとさにあらず。充分面白かった。期待していた「スズメの生態」についての本ではなかったが。
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この本の前半は、「いったい日本にスズメは何羽いるのか?」の探求。どうやって数える(というより推定していく)のか見当もつかない。ちょっとネタバレになるかもしれないが、ざっと流れを追ってみよう。
まず、街歩きでスズメの巣を探して数えるところから始める。そこで、日本各地で何度も計測を実施。商用地/住宅地/農村/大規模公園/森に分けて、単位面積当たりの巣の平均個数を出す。
そして、すでに日本中で1平方km区画あたりの土地利用区分が出ているので、1平方km区画あたりのスズメの巣の個数が推定できるのだ。
これを、日本中の区画で計算し(この辺はさすがに人力では無理で、コンピュータ・プログラムの出番)、日本中のスズメの巣の数を計算。
地道な作業から始まって、徐々にゴールに近づいていく、形が見えてくる道筋を丁寧に説明しています。理系素養のある人なら、とても興奮できるはず。
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さあ、それで出てきた巣の数に巣1個あたりのスズメ親鳥の数=2羽を掛け算して、出てきた数字はホニャララ羽。なんと!
この研究は2008年に結果が発表され、新聞などで記事にもなっているので、興味のある人はその数字を探してみてください。
どうです?多いと思いますか?少ないと思いますか?私は「思ってたよりずっと少ない」と感じましたね。
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もっと学術的な記述を求めるならば、論文を読んでみよう。ネット上で公開されています。
・三上修 (2008) 日本にスズメは何羽いるのか?. Bird Research, vol.4, pp.A19-A29.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/birdresearch/4/0/4_0_A19/_pdf
学術論文とは思えないシンプルかつ平易なタイトル。
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三上先生は次に、「日本ではスズメが減っているという。本当だろうか?」また「減っているのならば、どの程度減っているのだろうか?」という疑問に挑戦。最後にその減っている理由を考察します。
こちらもなかなかエキサイティング。特に歴史の人である自分にとっては、あまり資料のない事象の時系列変化を、どう推定していくのか?という手法がとても参考になりました。
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三上先生が推定したスズメの数は、どの程度正しいのか?それは他に推定した人がいないのでわからない。
もしかすると、とんでもなくずれているのかもしれない。感覚的にはもっと多い、もしかすると一桁くらい多いんじゃないか、という気がしているが、自分でやらない限り、異議を唱える資格はありませんね。
でも、違っていてもいいのです。これによって議論が活発化し、後続研究が増えるのならばいいのです。
何事も、人はゼロから始めることを嫌いますが、人のやったことに色々ケチをつけるのは大好きですから、スズメの数研究も、その流れで今後後続研究がたくさん出てくるでしょう。より正確な数に迫る研究もどんどん出てくるでしょう。
でも、最も価値があるのは「最初に始めたパイオニア」の仕事なのです。今後後続研究がたくさん出てきても、スズメの数研究で三上先生の名前と仕事が無視されることはないのです。
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この本は、イラストがマンガ家・森雅之さんの絵なのもポイント高い。
森さんのマンガを知ったのはもう40年前だが、当時と今、全く変わりがない。どんどん変化していくマンガ家も素晴らしいが、これだけ変わらないのもウルトラ素晴らしい。
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ブックデザインもいいなあ。ときどき、イラストをよけるように文字組みしてある遊び心がよい。特にこのページ。
同書, pp.70-71.
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しかし、全ページがカラーで、造本に手間ひまかけたおかげで、値段は1500円+税と、読者対象の中学生(くらいかな)には、買うにはちょっと高く感じるかもしれない。
まあでも、この本は学校や町の図書館の多くが仕入れてくれるだろう。図書館勤務の大人(全員本好き)にとても受けがいい本のような気がする。そちらで触れる機会が多ければいいでしょう。
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この本は、著者の研究への、イラストレーターのスズメや自然への、デザイナーの造本への、沢山の愛情と情熱を感じさせる本でした。
どっかで見かけたら、子供向けとバカにせずにぜひ読んでみてください。
ブックデザイン : 小野口広子(ベランダ)
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2015年9月29日火曜日 『ハトはなぜ首を振って歩くのか』
で、
数年後に「スズメはなぜホッピングをするのか?」という本を読むのが、今から楽しみである。
と書いた。
これがその本になるかなあ?と思って読みはじめたのだが、違ったよ。そもそも『スズメの謎』の方が出たのは先。
とはいえ、ガッカリしたかというとさにあらず。充分面白かった。期待していた「スズメの生態」についての本ではなかったが。
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この本の前半は、「いったい日本にスズメは何羽いるのか?」の探求。どうやって数える(というより推定していく)のか見当もつかない。ちょっとネタバレになるかもしれないが、ざっと流れを追ってみよう。
まず、街歩きでスズメの巣を探して数えるところから始める。そこで、日本各地で何度も計測を実施。商用地/住宅地/農村/大規模公園/森に分けて、単位面積当たりの巣の平均個数を出す。
そして、すでに日本中で1平方km区画あたりの土地利用区分が出ているので、1平方km区画あたりのスズメの巣の個数が推定できるのだ。
これを、日本中の区画で計算し(この辺はさすがに人力では無理で、コンピュータ・プログラムの出番)、日本中のスズメの巣の数を計算。
地道な作業から始まって、徐々にゴールに近づいていく、形が見えてくる道筋を丁寧に説明しています。理系素養のある人なら、とても興奮できるはず。
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さあ、それで出てきた巣の数に巣1個あたりのスズメ親鳥の数=2羽を掛け算して、出てきた数字はホニャララ羽。なんと!
この研究は2008年に結果が発表され、新聞などで記事にもなっているので、興味のある人はその数字を探してみてください。
どうです?多いと思いますか?少ないと思いますか?私は「思ってたよりずっと少ない」と感じましたね。
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もっと学術的な記述を求めるならば、論文を読んでみよう。ネット上で公開されています。
・三上修 (2008) 日本にスズメは何羽いるのか?. Bird Research, vol.4, pp.A19-A29.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/birdresearch/4/0/4_0_A19/_pdf
学術論文とは思えないシンプルかつ平易なタイトル。
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三上先生は次に、「日本ではスズメが減っているという。本当だろうか?」また「減っているのならば、どの程度減っているのだろうか?」という疑問に挑戦。最後にその減っている理由を考察します。
こちらもなかなかエキサイティング。特に歴史の人である自分にとっては、あまり資料のない事象の時系列変化を、どう推定していくのか?という手法がとても参考になりました。
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三上先生が推定したスズメの数は、どの程度正しいのか?それは他に推定した人がいないのでわからない。
もしかすると、とんでもなくずれているのかもしれない。感覚的にはもっと多い、もしかすると一桁くらい多いんじゃないか、という気がしているが、自分でやらない限り、異議を唱える資格はありませんね。
でも、違っていてもいいのです。これによって議論が活発化し、後続研究が増えるのならばいいのです。
何事も、人はゼロから始めることを嫌いますが、人のやったことに色々ケチをつけるのは大好きですから、スズメの数研究も、その流れで今後後続研究がたくさん出てくるでしょう。より正確な数に迫る研究もどんどん出てくるでしょう。
でも、最も価値があるのは「最初に始めたパイオニア」の仕事なのです。今後後続研究がたくさん出てきても、スズメの数研究で三上先生の名前と仕事が無視されることはないのです。
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この本は、イラストがマンガ家・森雅之さんの絵なのもポイント高い。
森さんのマンガを知ったのはもう40年前だが、当時と今、全く変わりがない。どんどん変化していくマンガ家も素晴らしいが、これだけ変わらないのもウルトラ素晴らしい。
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ブックデザインもいいなあ。ときどき、イラストをよけるように文字組みしてある遊び心がよい。特にこのページ。
同書, pp.70-71.
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しかし、全ページがカラーで、造本に手間ひまかけたおかげで、値段は1500円+税と、読者対象の中学生(くらいかな)には、買うにはちょっと高く感じるかもしれない。
まあでも、この本は学校や町の図書館の多くが仕入れてくれるだろう。図書館勤務の大人(全員本好き)にとても受けがいい本のような気がする。そちらで触れる機会が多ければいいでしょう。
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この本は、著者の研究への、イラストレーターのスズメや自然への、デザイナーの造本への、沢山の愛情と情熱を感じさせる本でした。
どっかで見かけたら、子供向けとバカにせずにぜひ読んでみてください。