2016年8月14日日曜日

森泉岳土5連発

本エントリーは
stod phyogs 2016年8月14日日曜日 森泉岳土5連発
からの移籍です。日付は初出と同じです。

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「もりいずみたけひと」と読みます。マンガ家です。

この人の絵はびっくりしましたね。こんなのです↓


(『祈りと署名』「ハルはきにけり」 p.91)

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主線は太いのに、なんか線の真ん中が抜けてる、ってわけがわからない。どうやって描いてるの?

答えは『祈りと署名』「あとがき」にありました。

「水で描いてます」というとまずキョトンとされる。「そこに墨を落とすんです。細かいところは爪楊枝で」と説明してもほとんどのかたが(分からない)という顔をする。
(『祈りと署名』「解説あるいは経緯など」 p.148)

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わかんねーよ(笑)。でも、こちらを見たらようやく理解出来ました。

・ジャパン・クリエーターズ Wannabe.jp > Illustration イラスト > Illustrator FILE 10:森泉岳土
http://wannabe.jp/illustration/column/moriizumi/index.html

まず下絵を描く。その線を水でなぞる。そこに墨を落としそのまま広がるのを待つ。あるいは爪楊枝でひろげる。こういう手法のようです。

墨が線の端に残るのは、水を吸った紙は膨らんで、だいたい中央部が盛り上がるので墨は周縁部に落ちて行く、また周縁部に染みこんで行く水と一緒に縁辺部に向かって行く、ってとこでしょうか。

紙が水で濡れた時に、残った染みでは縁辺部の汚れが一番目立つのと同じ現象でしょう。

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なんでまたこんな面倒くさい画法で描くのか?と誰しも疑問に思うでしょうが、

今のところ、これがいちばん僕に向いた描きかただ、と思っている。
(『祈りと署名』「解説あるいは経緯など」 p.148)

と言うんだから仕方ない(笑)。でも、この画法を発見したエピソードも知りたいところ。

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先ほどの「Illustrator FILE 10:森泉岳土」によると、この画法だと必然的に太い線しか描けないので、4倍サイズで原画を作り、それをコンピューターに取り込んで、コラージュ的にマンガにしてるんだそうです。相当な手間ですね。

初期の作品は、ちょっと見には、なにやら墨のシミが画面いっぱいににじんでるようにしか見えない絵が多かったが、近作はだんだん洗練されてきて大分見やすくなっています。画法よりもコンピューター使いが洗練されてきているんだと思いますね。

初期のあの荒々しい絵もすごく魅力的ですが。

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・森泉岳土 (2013.12) 『祈りと署名』(BEAM COMIX). 149pp. KADOKAWA/エンターブレイン, 東京.


ブックデザイン:吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)

単行本デビュー作。

表題作はかなり力を入れた作品のようではあるが、自分にはあんまり肌に合わなかったなあ。

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「ハルはきにけり」 pp.85-116.
← 初出:月刊コミックビーム, 2011年11月号.

これは名作。小学生のハルちゃんが本の世界と妄想の世界を行き来する楽しい連作。

社会の授業で「アルジェリア」と「ナイジェリア」があることを知ったハルちゃんは図書館へ。そして「アルゼンチン」の反対「ナイゼンチン」を発見するのであった。

「行ってみたいな」に続く、次の見開き4ページが素晴らしい。


(『祈りと署名』「ハルはきにけり」 p.110-111)


(『祈りと署名』「ハルはきにけり」 p.112-113)

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「トロイエ」 pp.117-136.
← 初出:月刊コミックビーム, 2012年8月号.

全編シルエットで描かれた作品。


(『祈りと署名』中扉)

実験作、と思いきや、実は元々こういうシルエットでの作品ばかり描いていたんだそうな。この画法でシルエットだけの作品・・・想像を絶する。どうしてマンガで行こうと思ったのか、謎は深まるばかり。

顔を描くようになったのは、なんと

なにを置いても、漫画家のいしかわじゅん氏から「目鼻口を描かないと」と助言をいただいたことが大きい。そんな助言をいただくのもどうかとは思うが、
(『耳は忘れない』「未来、未来、今は過去」p.150)

だそうな。

シルエットの人物から徐々に表情が見えてくるのがすごい。真っ黒のシルエットよりも、所々白く抜けたシルエットのほうが圧迫感があるのはどういうわけだ?

とにかく不思議なマンガ。

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・森泉岳土 (2014.7) 『夜よる傍に』(BEAM COMIX). 186pp. KADOKAWA/エンターブレイン, 東京.
← 初出:月刊コミックビーム, 2013年12月号~2014年6月号.


ブックデザイン:吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)

なんと連載作で、きっちり単行本になってしまうのです、この人の作風で。すごいですね。

夜中出歩く休業中のカメラマンのサトル。神社で出会った少女・美琴の頼みに答えて、絵本をさがす。そして見つけ出した絵本の世界が現実に侵入し始め・・・。


(『夜よる傍に』 p.127)

ほとんどが夜のシーンなので、この作者にはお手の物。「夜の帳」という言葉を、これほどまでに的確に絵に出来る人がいるとは・・・。


(『夜よる傍に』 pp.22-23)

この作品では、線の太さが気にならないほどまで縮小してあるようで、荒々しさが消えだいぶ洗練された画面構成になっています。コンピューター使いがうまくなったよう。

ごくわずかだが、気付き線(頭上に描かれる短い放射線)や汗といったいわゆる「漫符」も現れ、徐々にマンガ文法を勉強していることも伺えます。

登場人物は最小限なのだが、脇役も魅了的。深夜喫茶のマスター藤田さん+真央さんがいい味出している。アンは「引き」強すぎでしょ(笑)。また、絵本の作者クリスピンのエピソード挿入もいいタイミング。

静かでいい作品なんだが、一つだけ、「間違った夜明け」には爆笑してしまった(すんません)。言葉を絵にするのは難しいですね。その道の達人森泉も相当悩んだに違いない。

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・森泉岳土 (2014.8) 『耳は忘れない』(BEAM COMIX). 152pp. KADOKAWA/エンターブレイン, 東京.


ブックデザイン:吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)

この人の単行本が2ヶ月連続で出てるなんて信じられない。初期作品が多く収録されているので、荒々しい画風時代の森泉画法がたっぷり堪能できる。

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「耳は忘れない」 pp.1-16.
←初出:描きおろし

表題作で単行本表紙もこの作品から。

黒に黄色を入れた二色の作品。実験作だが、さすがに黄色だと、この画法の効果はあまり出ない。

この人、意外にもバックパッカーなのだ。旅先で出会った女と、旅先で聴いた音楽の思い出。

私は旅先に音楽は持って行かないので、この感覚はわからない。だいたいThelonious Monkの音楽が頭に入っていると、音源などなくとも頭の中で充分楽しめる、というような話はいつかMonkのお話の時に。

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「森のマリー」 pp.49-58.
← 初出:月刊コミックビーム, 2010年9月号.

これが商業誌デビュー作らしい。


(『耳は忘れない』「森のマリー」 pp.54-55.)

絶句しますよね。初出の時の衝撃はどうだったんだろうか。まあ、わけがわからん、という感じで、反応はあまりなかったんだろうと思うけど。

しかし初期の荒々しさはほんと魅力的だ。意外にも森泉絵のルーツが「いわさきちひろ」にあるらしいことも、これでわかる。

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「盗賊は砂漠を走る」 pp.73-90.
← 初出:月刊コミックビーム, 2011年2月号.


(『耳は忘れない』「盗賊は砂漠を走る」 pp.84-85.)

もうね、ちょっと見には何が描いてあるのかわからない絵とはこれです。どうやって描いているのかも、説明聞いてもわからない。

マンガとしては空前絶後の絵。なのに、律儀に枠線があり、吹き出しもある。なるほどこれはマンガである。

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「小夜子、かけるかける」 pp.91-148.
← 初出:月刊コミックビーム, 2011年12月号~2012年1月号.

お母さんが作ったお話を絵本にする小夜子。絵のスクールに通い熱中する小夜子。塾に通わされる小夜子(以下略)。少女の自分探しの旅。

作中作の絵は薄墨を使って差別化しているが、この絵もとても美しい。


(『耳は忘れない』「小夜子、かけるかける」 pp.116-117)

このころからようやく、補助的に使っていた爪楊枝の真価に気づき、だいぶ細い線を描けるようになってきている。
(『耳は忘れない』「未来、未来、今は過去」p.151)

「爪楊枝の真価」などという言葉、生まれてはじめて聞いたよ。ほんともう驚きっぱなし。

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・森泉岳土 (2015.3) 『カフカの「城」他三篇』. 81pp. 河出書房新社, 東京.


デザイン:セキネシンイチ制作室

名作のマンガ化作品集。これはB5版。これくらい大きいほうがのびのび描けているような気がする。

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収録作は、

フランツ・カフカ「城」
夏目漱石「こころ」より「先生と私」
エドガー・アラン・ポー「盗まれた手紙」
ドストエフスキー「鰐」

・ドリヤス工場 (2015.9)『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』. リイド社.
・ドリヤス工場 (2016.7)『定番すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』. リイド社.

もやたら売れてるみたいだし、こういった名作マンガ化けっこう流行るかもしれませんね。もっとも、この森泉本はどこに行ってもなくて、意外にも近所の小さい本屋で見つけた。

でも、こういう名作によっかかる路線は、受けがよかったり売れたりするかもしれないが、続けてもおもしろい方向性にはなかなかいかないので、数年に1回程度でいいかも。

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「古典」を意識してか、全作を通じてコマ割りが3×3、あるいはその変形になっています。そのせいか、とても読みやすい。後半はコマ割りの実験場のごとし。

絵もすっかり端正にまとめる技を身に着けているので、森泉画法には気づかない人も多いかもしれない。

この辺りの画面構成は見事ですね。


(『カフカの「城」他三篇』「カフカ「城」」 p.17)

漱石「こころ」の終わりごろから、縦長3コマの実験が始まります。


(『カフカの「城」他三篇』「漱石「こころ」」 p.40)

縦長コマの中で遠近感を表す実験


(『カフカの「城」他三篇』「ポー「盗まれた手紙」」 p.50)

とまあ見応えたっぷりです。

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・森泉岳土 (2016.5) 『ハルはめぐりて』(BEAM COMIX). 140pp. KADOKAWA/エンターブレイン, 東京.
← 初出:月刊コミックビーム, 2015年5月号/2015年9月号/2015年12月号/2016年4月号


ブックデザイン:吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)

「ハルはきにけり」のハルちゃんが中学生になって、ベトナム、台湾、モンゴル、山形・銀山温泉を旅する。

「中学生バックパッカー」という設定はちょっと無理があるけど、ハルちゃんをみんな(私も)見たいようだから許そう(笑)。

今後、ハルちゃんは森泉作品唯一の馴染みキャラとして定着していくのかもね。

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画風はすっかり安定しちゃって、フツーの人でも安心して読める。ストーリーも旅ものなので淡々と進み、お馴染みのハルちゃんの妄想シーンが見どころ。


(『ハルはめぐりて』「台湾篇」 pp.66-67)

霧に巻かれるシーン、見事ですね。シルエットで語らせるのはお手のもの。

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(『ハルはめぐりて』「ベトナム篇」 pp.30-31)

よく見ると、これ不思議な絵だ。写実的な部分とデフォルメがきつい部分が妙な具合に共存して違和感がない。

前髪なんてぶっとい線で3本垂らしてあるギャグマンガみたいな表現なのに、その周囲のタッチと違和感なく入ってくる。ぶっとい前髪3本は、「ハルはきにけり」の頃からのハルちゃんのアイコンになってる。

森泉作品の雰囲気は、森雅之(この人もいつか取り上げよう)に似ていることにも今気づいた。

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ハルちゃん面白いので、数年に1度でいいから、ハルちゃん物を描き続けてほしいですね。

あとやっぱり、最近の端正なスタイルもいいけど、初期の嵐のような絵もまた見たいなあ、とお願いしといて終わり。

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