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2017年3月13日月曜日

ラーフル分布地図とラーフルの語源(2) 語源編

今回は語源探索を中心に進めます。

「ラーフル」に関していろいろ語っているwebsiteは多いのですが、まともな論考となると、

・上村忠昌 (2000.8) 「ラーフル」考. 鹿児島工業高等専門学校研究報告, vol.35, pp.69-83.
http://karn.lib.kagoshima-u.ac.jp/handle/123456789/14548
→ 再録 : 上村忠昌 (2007.3) 第三章 「ラーフル」考. 坂田勝 『かごしま弁入門講座 基礎から応用まで』所収. pp.148-174. 南方新社, 鹿児島.

実はこれしかないのです。

しかしこの論文は、ラーフル研究史、分布、語源までひと通り網羅されており、ラーフル研究の出発点となる論考でしょう。

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さて、その語源だが、今のところはっきりわかっていません。

上記論文でも、オランダ語「rafel」をその最有力候補としてあげていますが、決着した、とは言いがたい。

オランダ語「rafel」は、「こすること、撤糸(ホツシ)ニシタル、ほつれ糸、リント布」という意味。

明治前期の学校用品にはオランダ語が当てられていたことから、これを黒板消しの名称としたのだろう、と上村氏は推察しています。

「推察」なのです。直接「黒板消し/拭き」を「rafel」と呼んだ例が見つかったわけではないのです。

明治14年からすでに「ラーフル」という名が現れているそうです。意外に古い。

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オランダ語「rafel」が語源である、という説は、上村氏がはじめて唱えた、というわけではありません。それ以前から黒板消しを製造・販売している文具メーカーがカタログなどでこの説を提唱していました(論拠は不明ですが)。上村説は、この裏付けをとった、という流れと解釈しています。

しかし、カタログにあるスペルでは「rafel」、「larful」などとヴァリエーションもあり、元のスペルもはっきりしていないことがわかります。

上記論文で報告されている1980年代の「ラーフル」商標登録とその取り下げに関するスッタモンダも、すごくおもしろいのだが、ここは先へ進もう。

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上村氏はオランダの学校を訪問した際に、「黒板消し/拭き」についても聞き取りをし、「rafel」説の裏付けを取ろうとしました。

ところが、オランダの学校では「黒板消し/拭き」のことを「rafel」とは呼んでいないのです。日本とほぼ同じ「黒板消し/拭き」を、主に「spons(海綿/スポンジ)」と呼んでおり、上村氏は「rafel」と呼んでいる例を発見できていません。

もちろん、19世紀にはオランダで「黒板消し/拭き」のことを「rafel」と呼んでおり、その時代にモノと名称が日本に伝わった、という可能性は考えられますが、その検証は全く手付かずで、仮説にとどまっています。

検証には、オランダ教育史・文具史について、おそらくオランダ語資料にあたって調べる必要があるでしょうから、かなり大変です。

しかし「ラーフル」=オランダ語「rafel」説を唱える人にとっては、必ずやらなくてはならない仕事でしょう。誰か調べてください。

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ここから先が、私が提唱する「ラーフル」語源の新説。

ラーフル分布地図をもう一度挙げておきます。


『新日本言語地図』, p.65の部分に加筆

「ラーフル類」分布域・鹿児島県では、ほとんど「ラーフル」と呼ばれているのですが、屋久島の「ダーフル」、種子島の「ダフラー」の特異性が気になりました。

日本語にはもともと「ら行」で始まる言葉がないため、「ラ」→「ダ」の変化が容易に生じます。上記の2語もその流れであろうと考えるのが妥当でしょう。

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しかし「ダーフル」というのはどっかで聞いた言葉です。これを見た時から、それがどうにもひっかかっていました。

で、ようやく思い出しました。英語の「duffle/duffel(ダッフル)」です。意味は「起毛した厚手のラシャ」。ラシャは「縮絨した毛織物」のこと。

日本では「ダッフル・コート(duffle coat)」の一部としてしか使われない名詞なので、それを思い浮かべていただくとよいでしょう。あのふかふかした生地のことですね。

「コーデュロイ(corduroy)/コールテン(corded velveteen)」は「duffle/duffel」の中でも、畝(うね)のある生地のことを呼ぶようです。「コーデュロイ・ダッフル・コート」などという使い方もされていますね。

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この「コーデュロイ」を見てさわった時に、「色は違うけど、これ黒板消しの生地みたいだな」とずっと思っていたのです。

事実、黒板消しのあの畝の入ったふかふかした生地はコーデュロイ/コールテンなのです↓

・アオイ(株式会社青井黒板製作所) > アオイのネット通販 > イレーザー/黒板消し > 黒板消し J (ラーフル) コール天 生地(6個入り)
http://www.aoikokuban.co.jp/products/detail.php?product_id=316

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で、私の仮説は、

「黒板消し/拭き」が日本に入ってきた時に、そのふかふかした生地を指して「duffle/duffel」と呼び、それがなまって「ラーフル」になったのではないか?

ということです。

明治14年の資料にはすでに「ラーフル」という表記が出現していますから、もし上記仮説の子音交替が起きたとすれば、導入最初期で、ということになります。

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この仮説に従う場合は、屋久島の「ダーフル」、種子島の「ダフラー」は、「ダ」→「ラ」→「ダ」という二度の子音交替を経てきたことになりますね。

言うまでもなく、この仮説の弱点は、「黒板消し/拭き」を「ダッフル/ダーフル」と呼んだ/でいる例が今のところ確認できないところです。

屋久島/種子島の「ダーフル/ダフラ-」は、この仮説での語源「duffle/duffel」が古くからそのまま伝承されたもの、とは考えていません。ですから、実例として使うことはできません。

この仮説を検証するためには、明治時代の教育関係の資料から「ダーフル」とよんでいる例、黒板消しの生地について言及している記事を丹念に探すしかなさそうですが、今のところ私はそこまでやる気はないです。

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しかし「rafel」説の方も、「黒板消し/拭き」のことをオランダで「rafel」と呼んだ/でいる例を発見できていないのですから、同レベルかもしれません。

ただしオランダ語「refel」説は、以前からメーカーなどが「rafel」と表記しているという事例もあり、すでに複数の支持者がいます。Web上でもこの説を「有力」と取り上げているサイトがほとんどです。

さて、私の「duffle/duffel」説は、その牙城をどれだけ崩すことができるのでしょうか?そもそも、ここは誰も来ないblogなので、この説が広まることは当分ないでしょうが・・・。

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上村論文によれば、「ラーフル」は明治時代には西日本一帯で用いられていた用語らしいのですが、それが徐々に廃れていき、現在は鹿児島県にだけ残っているのです。

なぜ鹿児島県でだけ生き残ったのか?また、なぜ県内で用語に一律に統一がとれているのか?そのあたりの経緯・理由もわかっていません。

一文具販売企業が鹿児島県内の教育機関への「黒板消し/拭き」納入を独占し、その企業が使っていた商品名が「ラーフル」であった、あたりではないか、と推察されますが、わかりません。それなら、あちこちの県でも同様に、もっと「ラーフル」の名が残っていそうではありますが、謎ですねえ。

このように、「ラーフル」というのは謎の宝庫なのです。

日本語方言研究者、文具研究者、明治教育史研究者、鹿児島郷土史研究者あたりが協力して当たらないと、なかなか解けないでしょう。難問です。

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「ラーフル」の話はこれくらいにして、『新日本言語地図』の「こくばんふき」方言調査では、「黒板消し」と「黒板拭き」の分布を把握することもその目的でした。

このエントリーでも、「黒板消し/拭き」と併称していたのはそういうわけです。

その結果は、「消し」系が全国的にやや優勢ではあるものの、顕著な東西対立や周圏分布などは見いだせませんでした。秋田県の「拭き」系独占が結構面白い。

私の実家あたりは「消し」と「拭き」が入り組んでいて、確かに私は「黒板消し」とよんでいましたが、「拭き」という人もいました。これはもしかすると、世代差も考慮する必要があるのかも知れません。

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こういう論文もあります。

・中田敏夫+加古環紀 (2011) 「黒板拭き」に関する用語の変遷. 日本方言研究会研究発表会発表原稿集93回, pp.39-48.

「ラーフル」問題にも関わっていそうで、すごく気になるのですが、残念ながらweb公開されていないので未読。そのうちどっかに探しに行ってみよう。

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それから、方言とは関係ないのだが、この論文もおもしろかった。

・小池清治 (2007) なぜ, 黒板消しで黒板を消せるのか? 格助詞ヲの多様性. (宇都宮大学)外国文学, vol.56, pp.77-83.
http://ci.nii.ac.jp/els/110006555601.pdf?id=ART0008536520&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489242690&cp=

確かに「黒板消し」で黒板は消せない!(笑)

2017年3月12日日曜日

ラーフル分布地図とラーフルの語源(1) 分布図編

・大西拓一郎・編 (2016.12) 『新日本言語地図 分布図で見渡す方言の世界』. xi+304pp. 朝倉書店, 東京.



という本を読みました。高い本なので、買ったわけではありません。もちろん図書館です。

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この本は、調査者100名が2010~15年の足かけ6年に渡り、日本全国554ヶ所で調査に当たり、著者13名が149項目について日本全図に落とし、日本語方言分布図を作成したものです。

すごい労作。今後数十年間は、これが日本語方言分布の基本資料として君臨し続けることでしょう。

個人で買う人は多くないだろうけど、あると非常に便利なので、各自治体の図書館はぜひ購入し、永久に蔵書しておいてほしい本だ。

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この調査の特徴としては、「とかげ」や「長男」といった名詞、「いく・くる」といった動詞、「しおからい」といった形容詞はもちろんのこと、いろんな文法についても分布を調べている点。とてもおもしろい。

たとえば「~に」にしても、「(見)に(行った)」、「(東京)に(着いた)」、「(ここ)に(有る)」、「(犬)に(追いかけられた)」といった具合に、いろんなケースで場合分けをして詳細に調べてあります。

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ひと通り見て、私の出身地(東北地方)の方言は、意外に標準語のバリエーションにカテゴライズされるものが多く、思ったよりも面白くなかった。

でも、「(犬)に(追いかけられた)」などは、「(犬)がら(追っかげらっだ)」と言うのだが、この「から」がなぜか九州にも現れるのだ。

興奮するぜ。というのも、柳田國男が、

・柳田國男 (1930.7) 『蝸牛考』(言語誌叢刊). 149+24+5pp.+pl. 刀江書院, 東京.
→ 再発 : (1980.5) (岩波文庫). 岩波書店, 東京. など多数

で提唱した「方言周圏論」の実例が垣間見れるから。

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「方言周圏論」というのは、ある言葉が時代とともに変遷して行き、それが国家中央(明治以前は京(都))から徐々に周囲に広まっていく、という理論。従って、中央から離れたところには、古い言葉が方言として生き残る。その分布が、中央から同心円上の分布を示す、という理屈だ。

これは、「かたつむり」の方言分布から帰納した理論。

つまり、中央(京)に「デデムシ」、その外には順に「マイマイ」、「カタツムリ」、「ツブリ」、「ナメクジ」と分布し、外(東西の遠隔地)へ行くほど古い言葉が残っている。

詳しくはこちらをどうぞ↓

・堀田隆一/hellog~英語史ブログ > #1045. 柳田国男の方言周圏論(2012-03-07)
http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2012-03-07-1.html

ただし日本列島は細長いので、同心円を細長く切り抜いた分布になる。すなわち東西の離れたところで、似た方言が見られることになる。

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もっとも、この方言周圏論は全然万能ではなく、適用できる方言はそれほど多くないようだ。

しかし時折、この理論がビッタリはまる言葉が見つかる。

1990年頃に朝日放送の人気番組「探偵ナイトスクープ」で一世を風靡した「日本全国アホ・バカ分布」が最も有名だろう。

・松本修 (1993.7) 『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』. 446pp. 太田出版, 東京.
→ 再発 : (1996.12) (新潮文庫). 新潮社, 東京.

これを説明していると、ぜんぜん進まないので、詳しくは本を読むか、あちこちのサイトに概要があるはずなので、そちらをご覧ください。

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さて、今回も「かたつむり」についてももちろん調査されており、ある程度方言周圏論が当てはまる結果ではあるのだが、柳田國男が調べた時代からはだいぶ乱れているよう。

その理由としては、唱歌「で~んでんむ~しむし、か~たつむり~」の全国普及の影響が挙げられている。さもありなん。

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そんなことより「ラーフル」だ!

「ラーフル」ってなんでしょう?知っている人は鹿児島県人!。

これはいわゆる「黒板消し/拭き」のこと。これをどういうわけか、ごくごく局地的に「ラーフル」と呼ぶ地方があるのですよ。ほとんど鹿児島県だけですが。いかにもヨーロッパ系言語の響きなのに「方言」っていうのがおもしろいですよね。

鹿児島県人の中には、まさか「ラーフル」が方言だとは思いもよらず、県外に出てから方言と知って驚く、というケースも多いようです。

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この「ラーフル」が使われているのは、主に鹿児島県だけのようだ、というのはかねてより言われていたことなんですが、これをきっちり調査で確かめたのは、今回が史上初です。


同書, p.65の部分に加筆

「ラーフル」研究(笑)にとっては、エポックメイキングな調査結果なんですよ!。

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まあ、見事に鹿児島県におさまってますね(笑)。屋久島「ダーフル」や種子島「ダフラー」はちょっとなまってますが、奄美諸島もちゃんと「ラーフル」です。

鹿児島県の範囲にきっちり収まっていること、奄美にはあって沖縄には全くみられないことから、第二次世界大戦後の教育制度の枠内で生じた現象であることが推察できます。

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しかし、西日本各地にポツポツ「ラーフル」の飛び地があります。これは何でしょうか?

上掲書にはその考察はないのですが、これはおそらく、鹿児島出身の教師が各地に散らばって、そこで広めたんではないか、と私は推察しています。

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長くなったので、「ラーフル」の語源については次回。新説もあるぞ!