2017年12月15日金曜日

東京外国語大学でエチオピア映画 『TEZA』 (2017/12/10)

を見てきました。

・東京外国語大学 TUFS Cinema > 過去の上映会 > 2017年度 > 『テザ 慟哭の大地/TEZA』 2017年12月10日(日) 13:30開場 14:00開映(as of 2017/12/13)
https://tufscinema.jp/171210-2/

エチオピア映画上映会『テザ 慟哭の大地/TEZA』


同上映会チラシ

上映作品 : 『テザ 慟哭の大地/TEZA』+上映後、エチオピア史学者による講演会あり!
開催日時 : 2017年12月10日(日)14:00開映(開場13:30)
会場 : 東京外国語大学 アゴラ・グローバル プロメテウス・ホール
プログラム : 映画『テザ 慟哭の大地/TEZA』本編上映+講演会・映画解説 眞城百華先生(上智大学 エチオピア史研究)
その他 : 入場無料、各回とも先着501名、申込不要、一般公開
主催 : アフリカンウィークス実行委員会(東京外国語大学学生団体Femme Café/同大アフリカ地域専攻有志)
協力 : シネマトリックス/東京外国語大学 現代アフリカ地域研究センター/東京外国語大学TUFS Cinema

作品紹介
2008/エチオピア=ドイツ=フランス/アムハラ語、ドイツ語、英語/140分/カラー/日本語字幕付
監督 : ハイレ・ゲリマ(Haile Gerima)(監督/脚本/制作)
制作 : カール・バウムゲルトナー(Karl Baumgartner)
共同制作 : マリー・ミシェル・カトラン(Marie-Michèlegravele Cattelain)、フィリップ・アヴリル(Philippe Avril)
出演 : アロン・アレフェ(Aaron Arefe)、アビイェ・テドラ(Abiye Tedla)(出演者名は修正した)
【あらすじ】1970年代に医者を志し故国エチオピアを離れ、ドイツに留学していたアンベルブル(Anberber)。しかし、外国での人種差別と、皇帝ハイレ・セラシエ(Haile Selassie)の支配から軍事独裁政権に取って代わった故国の現状に失望し、荒涼とした故郷の村に帰ってきた。村で待つ母と村人たち。その中に佇むひとりの謎の女性アザヌ(Azanu)。蘇ってくる幼少期の記憶と大地の霊、忘れることができない夢に導かれるようにアンベルブルは、過去と現在を行き来する。そこに迫りくる独裁と暴力の影。この国に未来はあるのだろうか。その先に見えてくる希望の光とは。

ワガドゥグ全アフリカ映画祭 FESPACO グランプリ、ヴェネチア国際映画祭 脚本賞/審査員特別賞、カルタゴ アラブアジアン映画祭 Tanit d’Or グランプリ

参考:
・Wikipedia (English) > Teza (film)(This page was last edited on 20 September 2017, at 23:06)
https://en.wikipedia.org/wiki/Teza_(film)
・IMDb > Teza (2008)(as of 2017/12/13)
http://www.imdb.com/title/tt1284592/

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この映画は、1970年代から活動を続けてきた在米Ethiopia人監督Haile Gerima(1946-)の作品。

どうもこの人は、歴史もの・政治ものを志向する監督のようだ。この作品も政治的な主張が強く入っている。

参考:
・Wikipedia (English) > Haile Gerima(This page was last edited on 9 December 2017, at 02:56.)
https://en.wikipedia.org/wiki/Haile_Gerima
・岡倉登志 (2007.12) 13 ヨーロッパの博物館で冬眠? エチオピア映画. 岡倉登志・編著 『エチオピアを知るための50章』(エリアスタディーズ68)所収. pp.103-108. 明石書店, 東京.

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この映画の舞台は、Ethiopia北西部Amhara州Tana湖北岸Gorgora近郊。


Google Mapに加筆

映画には、Tana湖の風景が繰り返し現れる。特に朝のシーンは美しい。Ethiopia地図は何度も見ているのだが、Ethiopiaの湖なんて気にかけたことなかったよ。勉強になった。


Google Mapに加筆

だいたいこの辺だろう。映画に出てくる島があるのはこのあたりだし。

Anberberが登っていた、対イタリア戦勝記念碑が立つMussolini山(というより丘)の場所はよくわからなかったのだが、Google Mapでは、印の場所に長い影が見えるので、たぶんここだろう。

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映画パンフレット, p.1&p.4


映画パンフレット, pp.2-3

映画は、Gorgora近郊の村にAnberber(40代)が帰って来る場面からはじまる。これはMengistu政権末期の1990年頃のようだ。

けがもしており、失意のAnberberはぶらぶらと散歩をするのみで、日々鬱々として過ごす。この辺が実に長く続き、ストーリー的にはけっこうじれったいのだが、Ehiopiaの村や習俗、エチオピア正教の寺院などを知るにはすごくおもしろい。

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映画は、徐々にAnberberの回想シーンの比率が高くなる。

1970年代はじめ、Anberberは医学留学で西ドイツ滞在。そこで反Haile Selassie皇帝運動にかぶれる。

1974年革命が成功し、Mengistu軍事政権が成立。皇帝Haile Selassieは密かに処刑された。

親友Tesfayeはドイツ人の妻子を置いてEthiopiaへ帰国。やがてAnberberも帰国し、Tesfayeの下で医学研究にはげむ。

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しかし、Mengistu社会主義政権は、皆が期待したような民主的な政権ではなく、政敵や反政府的な言動をする人々が日々逮捕され拷問や処刑される恐怖政治であった。

せっかく革命が成功したのに、その社会に幻滅するAnberber。彼の反政府的言動は、政府の標的となる。人民裁判で吊し上げをくらい、ついには自己批判に追い込まれる。

AnberberやTesfayeを追い詰める大臣役の俳優(名前は知らない)がすごく良かった。悪役として名演ですよ。

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Tesfayeもリンチで虐殺され、Anberberは東ドイツにいやいや派遣される(言うことを聞かないと命が危ない)。

そこでAnberberは1989年の「Berlinの壁崩壊」を目にする。はっきりと描かれてはいないが、それに続くソ連崩壊が、1991年のMengistu政権の崩壊につながるのだ。

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Anberberがけがをしたのは、こういった政治の動きとは関係ない出来事だった。これはちょっと意外。唐突な感は否めない。

そして冒頭のAnberberの帰郷につながる。

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最後はAnberberも立ち直り、明るい希望がほの見えるエンディング。実はもうMengistu政権崩壊は間近であることは、Anberberは知らない。

「ベルリンの壁崩壊」などとダブらせて、政権崩壊を匂わせてもいいのにな、とも思うが、この点この映画は淡々としている。これがGerima監督の作風なのだろう。

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とまあ、実際のEthiopia現代史のtime scaleを知った上で見るとすごく面白いのだが、基礎知識がないとわかりにくい映画かもしれませんね。時間も行きつ戻りつするし。

この映画が語る政治的な主張は、反Mengistuであり、現政権の立場と近い。まあ、Mangistu政権が「問答無用の悪役」として描かれるのは当然なんだけど、かといって現政権もどうもずいぶんロクでもないことをしているらしい。

だから、この映画の政治的主張もすぐに古くなるであろうが、でも、Gorgora周辺の美しい村・湖の風景はいつまでも映画の中に保存される。そういう意味で、Ethiopiaにとっても我々日本人にとっても有意義な映画であるのは間違いない。

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端々に出てくるEthiopia民謡/歌謡もなかなかよかった。Major音階のAfrican Popsとも、Arabic音階とも違うし、日本の追分などの民謡とそっくりです。いわゆるPanta-tonic(五音階)。

Ethiopiaで日本の演歌が人気なのも頷ける。

こういった離れた土地で、似た音階が現れるというのはホント不思議。これも文化周圏論が適用できるのだろうか?今後の課題ですな。

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なお、Ethiopiaをテーマにした音楽については、分家blogの

2017年4月4日火曜日 James Newton/AXUM 驚異のフルート・ソロ

で少し語っていますので、興味のある方はどうぞ。

この音楽は、モチーフとしてEthiopiaを使っているだけで、現実のEthiopia音楽とはほとんど関係ないのですが。

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主催者側の学生さんは、まだ1・2年生が多く、みんな初々しくも楽しそうでよかったです。Rasta colorsのAfricaマニアみたいな人はいなかったなあ(笑)。

東京外国語大学では、この映画の他にも2017/12/22までAfrica Weeks 2017という催し物をやっているので、皆さんも是非行ってみてください。



またこういうAfrica映画上映会があったら絶対行くぞ。

2017年12月7日木曜日

鶴田謙二 『冒険エレキテ島1-2』

一部で熱狂的な人気を誇るツルケンの「はじめての2巻」だそうで、1巻を持っていることもあり、さっそく買いました。

1巻を紹介していないので、一緒に紹介しましょう。

・鶴田謙二 (2011.10) 『冒険エレキテ島1』(AFTERNOON KCDX). 190pp. 講談社, 東京.
← 初出 : 講談社・編 (2010.7) 『漫画BOX AMASIA』. 講談社, 東京./アフタヌーン, 2011年11月号.
・鶴田謙二 (2017.11) 『冒険エレキテ島2』(AFTERNOON KCDX). 190pp. 講談社, 東京.
← 初出 : アフタヌーン, 2012年10月号~2017年12月号.


COVER DESIGN : Tadashi HISAMOCHI(hive&co.,ltd.)

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1巻の頃、作者はガンガンに盛り上がっていたのだろう。2年くらいで長もの2本描いて、すぐ単行本が出たようだ。遅筆で有名なこの人にしたら、すごいね。

実はツルケンを読み始めたのは最近。デビューの頃から横目でずっと見てはいたのだが、じっくり読むまでは行かなかったが、これはすごく面白そうなので買ってみたのだった。

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いやあ、1巻すごく面白い。

主人公の「みくら」(二十代前半?)は、複葉水上機で伊豆諸島~小笠原諸島の貨物配達業をしている。


同書1巻, pp.154-155

見ての通り、この緻密な絵は文句なし。めったに単行本が出ないにもかかわらず、熱狂的な固定ファンが多いのも納得だ。

でも、これは遅筆は当然だわ。一人で描いているんだろうし。

この人は、すらりとした若い女の子の裸を描くのも大好き。それでこのマンガでも、みくらはほとんど水着あるいは裸(笑)。だから、描かれる季節は常に夏だ。

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もともとは小笠原出身の白人(19世紀移民の子孫)であるブライアンおじいちゃんと一緒に仕事をしていたのだが、物語冒頭でブライアンじいちゃんは亡くなってしまう。

じいちゃんの遺品から、約3年に一度、海流に乗って近海に現れるという「エレキテ島」の資料を発見。そしてエレキテ島宛の荷物も発見。

この荷物を届けることを名目に、みくらはエレキテ島探索を開始。なんと第1話の最後ですぐに見つかってしまう。しかし、チラ見だけ。うまいね、この辺。


同書1巻, pp.60-61

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1巻後半は3年後の再探索。海上や横須賀でいろいろ調査するあたりも面白いよ。走り回るだけが探索ではないのだ。

バックグラウンドとして、御蔵島中学時代の恩師・流郷先生(もエレキテ島を調べていたが現在行方不明)への淡い恋心も、物語に深みを与えている。

そしてそろそろエレキテ島が現れる頃・・・、と探索に出発するところで1巻は終わり。

1巻はストーリーに動きが多いので、非常に楽しめる。みくらちゃんもきれいだし。

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そして2巻。第2話で、なんとエレキテ島を発見し上陸。ここまでは早い展開。


同書2巻, pp.30-31

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この後は島の探索に入る。これだけの島で、めったに人に会わないのが解せないが、まあ作者は何か考えているんでしょう(だといいなあ)。

そうそう、荷物はどうなったか?届けることができたのか?これは本を買って確かめてほしい。

そして、あとは島をうろうろ。2巻は以上(笑)。


同書2巻, pp.76-77

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延々と島の風景(南欧の島みたいな風景)が続くが、これが作者が描きたかった絵なのだろう。セリフもなく、みくらの姿と島の風景がとにかく延々続くのだ。

さすがにツルケン・ファン以外にはお勧めできない展開だが、この作者らしいなあ。

この展開は、作者が島の風景を描き飽きるまで続くでしょう。まあツルケン・ファンはそれも楽しいんだと思うけど、オレはもう飽きた。

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意外に早く島に到達させてしまったので、この先の展開をまだ充分煮詰めておらず、しばらくは風景を描きながら展開を考えているような気もする。まあ、中途半端にあわてて話を進めるよりは、じっくり考えてから進めてほしい。

自分は、この人の設定が甘いところとちょっと相性悪い。あと、わりと飽きっぽい人なので、だんだん話がダレてくる。

冬目景とも似た資質。マンガを描くモティベーションが、ストーリー・テリングよりも「絵を描きたい」というマンガ家はどうしてもそうなる、のは知ってるからいいんだけど、この話はなんとか完結させてほしいなあ。

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まだ流郷先生も出てきていないし・・・。でも出てくるのかなあ?その辺も楽しみではある。

さて、3巻はいつ出るのだろうか?アフタヌーンの連載も飛び飛びで、おそらく描きためてはしばらく連載、その後1~2年休み、という繰り返しなので、この調子で続けるのだろう。

雑誌で追う気まではしないが、3巻も出たらまた買うぞ。2巻のように6年後に出たら御の字、10年後も覚悟してる。

結局出なかったら・・・その時は「まあツルケンだし」と思って諦めよう。

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ストーリー展開にちょっと不満があるとしても、この絵が気に入った人なら買って損はない。特にカバーの海の青が美しい絵が好きなら、持っていてカバーを眺めているだけでも十分楽しめると思う。

さて、次はいつ出るのか?それまでは、この絵を舐めるように隅々まで眺めて楽しむのだ!

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(追記)@2017/12/07

このマンガでは、バックグラウンドとして描かれている小笠原の白人系移民の子孫という設定が好きだ。

ブライアンじいちゃんはまんま白人のようだが、お父さん(ブライアンの息子)はハーフのよう。

みくらちゃんの顔には、特に白人っぽさはないが、スタイルの良さにその片鱗が伺える。といっても、ツルケンが描く女の子は、みんなこんな感じなんだけど。

登場人物では、1巻で2度出てくる(海洋生物研究所)所長が私のお気に入り。この人、コメディアンの大泉滉(1925-98)そっくりなのだ。大泉滉はロシア・クウォーター。

この所長先生も、小笠原の白人移民の子孫、あるいは外国人なのかもしれない。もしかすると、三宅島に長年住んでいた海洋学者Jack Moyer先生(1929-2004)がモデルなのかも・・・。

2017年12月2日土曜日

東京都美術館 「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」

に行ってきました。

・ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 公式サイト(as of 2017/12/02)
http://gogh-japan.jp/

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 東京展 概要
会期 : 2017年10月24日(火)─2018年1月8日(月・祝)
会場 : 東京都美術館
住所 : 〒110-0007 東京都台東区上野公園8−36
アクセス : JR「上野駅」公園口より徒歩7分 東京メトロ銀座線・日比谷線「上野駅」7番出口より徒歩10分 京成電鉄「京成上野駅」より徒歩10分 ※駐車場はありませんので、車での来場はご遠慮ください。
開室時間 : 午前9時30分~午後5時30分 ※金曜日、11月1日(水)、2日(木)、4日(土)は午後8時まで ※いずれも入室は閉室の30分前まで
休室日 : 月曜日、12月31日(日)、1月1日(月・祝) ※ただし、1月8日(月・祝)は開室
観覧料 (税込) 当日(前売・団体) : 一般 1,600円(1,300円) 大学生・専門学校生 1,300円(1,100円) 高校生800円(600円) 65歳以上1,000円(800円) 11月15日(水)、12月20日(水)はシルバーデーにより65歳以上の方は無料(要証明)。混雑が予想されます。 ※団体割引の対象は20名以上。 ※中学生以下は無料 ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料 ※毎月第3土・翌日曜日は家族ふれあいの日により、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住、2名まで)は一般当日料金の半額 ※いずれも証明できるものをご持参ください
主催 : 東京都美術館、NHK、NHKプロモーション
後援 : 外務省、オランダ王国大使館
協賛 : 損保ジャパン日本興亜
協力 : KLMオランダ航空、日本航空
共同企画 : ファン・ゴッホ美術館
お問い合わせ : 03-5777-8600(ハローダイヤル)

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同展パンフレット, p.1


同展パンフレット, pp.2-3


同展パンフレット, p.4

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2017年11月18日土曜日 国立西洋美術館 「北斎とジャポニズム」展

とも連動した「Japonisme」をテーマにした展覧会です。

Vincent van Gogh(1853-1890)が、日本の浮世絵を模写したり、自分の絵に取り入れているのはつとに有名。

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今回の目玉はパンフレットp.1にもデカデカと取り上げられている

・Vincent van Gogh (1887) Japonaiserie : Courtesan (after Eisen)(日本趣味 : 花魁(渓斎英泉による))

これは、p.3左上にある

・渓斎英泉 (1820s―30s) 雲竜打ち掛けの花魁.

を左右裏返しにして丸写ししたもの。

何故裏返しになっているかというと、直接英泉の浮世絵を写したわけではないから。フランスの雑誌 Pari Illustré, no.45 & 46, 1886/5 が、この英泉を模写した絵を表紙に使った際に、表紙のレイアウトに合わせて絵を裏返し、Goghはそれを模写したらしいのだ。

その全てが展示されているので、その辺の経緯がわかっておもしろい。

しかし英泉の繊細な浮世絵と、ザクザクした荒々しい線が持ち味のGoghというのは実にミスマッチでおもしろい。

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「Goghと浮世絵」といったら、出てくるのは主に歌川(安藤)広重(1797-1858)だ。

風景画を得意とした広重は、「東海道五十三次絵」、「不二三十六景」などのシリーズ物で人気を得た。

広重の浮世絵も西欧にかなり流出し、その大胆な構図と色使いは、Japonismeに多大な影響を与えました。

上記「北斎とジャポニズム」展でカバーしきれなかった、広重のJaponismeへの影響の一端が、この展覧会で見ることができる、と思いきや・・・。

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Goghが模写している絵には広重のものが多いのです。

有名なのは、「名所江戸百景 亀戸梅屋敷」「名所江戸百景 大はし あたけの夕立」の模写。

ところが、今回、元絵の浮世絵は来ていたのですが、これを模写したGoghの

・Vincent van Gogh (1887) Japonaiserie : l'arbre (Prunier en fleurs)(日本趣味 : 梅の開花).
・Vincent van Gogh (1887) Japonaiserie : pont sous la sluie (日本趣味 : 雨の大橋).

が来てないではないか!ショック!

どちらもVan Gogh Museumの所蔵で、今回の展覧会は共同企画になっているのに・・・。せめてレプリカくらい展示があってもいいだろうに・・・。

図録にも入っていないので、Goghの代表的な浮世絵模写が把握できないという、重大な欠陥がある展覧会でした。

しょうがないので、

・ウィキペディア > フィンセント・ファン・ゴッホの模写作品(最終更新 2015年11月20日 (金) 08:10)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%83%E3%83%9B%E3%81%AE%E6%A8%A1%E5%86%99%E4%BD%9C%E5%93%81
・michiのひとりごと > ゴッホと広重を比較してみました・・・(作成日時 : 2012/10/28 12:44)
http://michi0103.at.webry.info/201210/article_84.html
・yumi takahashi 高橋ユミ *箱の詩学と美術綺譚* > 2016年6月26日 歌川広重「名所 江戸百景 大はしあたけの夕立」
http://yumitakahashi.ciao.jp/petitatelier/2016/06/26/%E6%AD%8C%E5%B7%9D%E5%BA%83%E9%87%8D%E3%80%8C%E5%90%8D%E6%89%80-%E6%B1%9F%E6%88%B8%E7%99%BE%E6%99%AF-%E5%A4%A7%E3%81%AF%E3%81%97%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%AE%E5%A4%95%E7%AB%8B%E3%80%8D/

あたりで比較を楽しんでみてください。

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・Vincent van Gogh (1888) The Sower(種まく人)
(パンフレットp.2参照)

には、和風の梅のような形で木が描かれており、これもなかなか楽しい。画面の中央の大胆に木を横切らせるというのが、浮世絵の構図を取り入れたものらしい。

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「北斎とジャポニズム」ほど、比較に力を入れていないので、今ひとつわかりにくい点はあったが、それでもGoghが一時は日本の浮世絵にかなり入れ込んでいたことはよく理解できた。

個人的な所感だが、Goghが一番浮世絵から影響を受けたのは、「輪郭を描いてしまう」という技法じゃないか?と感じた。

Goghの絵の特徴の一つに、ぶっとく輪郭を描いてしまう作品が多いが、これ、他の西洋画ではあまり見られない。繊細な浮世絵の輪郭とは全く印象が違ってしまうが、もしかするとGoghなりに浮世絵の技法を消化した技なのかもしれない。

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まあ「浮世絵の影響」という観点では十分楽しめなかったが、今までGoghをちゃんと見たことがなかったので、いろいろ有名作品を見ることが出来たので、その意味では楽しい展覧会でした。

・Vincent van Gogh (1887) In the Café : Agostina Segatori in Le Tambourine(カフェ・ル・タンブランのアゴスティーナ・セガトーリ)
(パンフレットp.3参照)

は、この展覧会では、バックに浮世絵が描かれていることで展示対象となっているのですが、それとは別に、この歪んだ表情や、同じく歪んだテーブル・椅子がすごい迫力。これぞGoghだね。

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後半は、「日本人のファン・ゴッホ巡礼」というテーマだったが、こちらはほとんど興味がないので、ざっと見ておしまい。

Goghはマンガにもかなり影響を与えている。主にガロ系ですね。

代表は「つげ忠男」。他にも古川益三や安部慎一(アベシン)にもザクザクしたGoghのタッチの影響が見てとれる。

そしてそのタッチは、1970年代には「跋折羅」で活躍した劇画家(三宅秀典、伊藤重夫など)などに受け継がれている。

最近は、マンガでこういう絵なくなったなあ。ちょっと寂しい。

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しかしまあ、こういう

日本(浮世絵)→Gogh(Europe)→劇画(日本)

といった流れも考えつつ見ていくと、また別の楽しみ方ができる、という「ゴッホ展」でした。

2017年11月20日月曜日

『原田ちあきの挙動不審日記』

・原田ちあき (2016.5) 『原田ちあきの挙動不審日記』. 142pp. 祥伝社, 東京.
← 初出 : つぶやきGANMA, 2015/02/03~2016/01/19 http://tsubu.ganma.jp/


デザイン : セキネシンイチデザイン室

Artistなのになぜ自分で装丁しない?とも思うのだが、原田が装丁したらもっとスゴイことになるから、これで丁度いいのかか・・・。

不穏で素晴らしい表紙。ちなみに、これはカバーというか腰巻(帯)というのかよくわからないものの絵。

これを取っ払うと



こうなります。これは「パーティーの様子」だと(笑)。

なんか前回もこんなことやったな。

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この本は、初めて見た時からずっとほしかったのだが、最近はシュリンクがかかっていて中身が見れないのばかり。「いつか中身が見れたらその時買おう」と思っているうちに、店頭では全く見かけなくなってしまいました(笑)。最近の本は足が速い。

で、忘れかけていたところ、久々に見かけたので買っておいた。大アタリ。

もうね、久々に自分にピッタリ合う本が出てきたので、うれしくてスキップしちゃいましたよ(ウソ)。

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しかし、なぜシュリンクをかけるのだ?これは一見マンガの体裁をしてるけど、マンガじゃないのに。

じゃあ、何かと言われると、最近はあまりないかな?湯村輝彦、スージー甘金、霜田恵美子、なんきんの系統と言っておこう。

絵柄も、佐伯俊男、太田螢一、なんきんあたりを思わせるが、原田本人がその辺を見ているのかどうかすらわからない。自然発生してもおかしくないが。

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中身はこんな。


同書, pp.64-65


同書, pp.96-97

スキャナーでは、この蛍光色をうまく読んでくれない。ホントはもっとドギツイ色です。

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普通の人は「三白眼から、人物造形から、色使いから、すべてが気持ち悪い」という評価が多いだろう。でもこの作品は、一応この人なりにエンターテインメントとして成立させている作品だと思う。なので、実はマジモンの人のマンガほど、気持ち悪くないですよ(笑)。

絵の作品は、もっと気持ち悪いです。でも、どれもかわいい。

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「マンガみたいなもの」だと、日常エッセイネタもいずれ限界が来るだろうから、マンガの形式での創作ものも見てみたい。

それよりも「辛酸なめ子」的な扱いで、雑誌で重宝される方向に行くのかな?少なくとも「ネコ日記」の方向には行ってほしくない。

つぶやきGANMAの最近の掲載作を見ていると、結構普通のエッセイマンガになってきている。心配だ(笑)。

あ、でも絵は異常なままだからご心配なく。

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実はこの人けっこう美人さん(男顔)だ。この本にも写真があるので、せっかくだから貼っておこう。


同書, p.137

TVでもいけるかもしれん。まずは「タモリ倶楽部」から(笑)。

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(追記)@2017/11/20

と思ったら、もう結構TV出てるんだな。まあ、元・芸人志望だから、そうなるだろうな。

あっ!NHKにまで出てやがる(笑)。

2017年11月18日土曜日

国立西洋美術館 「北斎とジャポニズム」展

に行ってきました。

・読売新聞/北斎とジャポニズム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃(as of 2017/11/16)
http://hokusai-japonisme.jp/index.html

北斎とジャポニズム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃
開催概要
会期 : 2017年10月21日(土)~2018年1月28日(日)
会場 : 国立西洋美術館 [東京・上野公園]
住所 : 〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
開館時間 : 午前9時30分~午後5時30分(金、土曜日は午後8時。ただし 11/18は午後5時30分まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日 : 月曜日(ただし1/8は開館)、12/28~1/1、1/9
観覧料(税込)当日(団体) : 一般1,600円(1,400円) 大学生1,200円(1,000円) 高校生800円(600円) 中学生以下 無料(無料)
主催 : 国立西洋美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網、BS日テレ
特別協賛 : キヤノン
協賛 : 花王、損保ジャパン日本興亜、大日本印刷、トヨタ自動車、みずほ銀行、三菱商事
協力 : 日本航空、ヤマトロジスティクス、西洋美術振興財団
お問合せ : TEL.03-5777-8600 (ハローダイヤル)

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同展パンフレット, p.1


同展パンフレット, pp.2-3


同展パンフレット, p.4

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平日で雨も降っていたというのに、なんでこんなに人が多いんだ!上野公園も、この展覧会も。

最初、列に並んでいたが、一向に進みそうにないので、しょうがないから客の肩越しに眺める作戦だ。それでどんどん進んだが、じっくり見られないのは仕方ない。

おかげで、あとで図録を見て気づくことの多いこと・・・トホホ。

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これが図録。

・馬渕明子・監修, 袴田紘代+池田祐子・責任編集 (2017) 『北斎とジャポニズム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』. 401pp. 読売新聞東京本社, 東京+国立西洋美術館, 東京.


デザイン : 山田政彦

これは腰巻(帯)ともカバーともつかないものをつけた状態。カバーには、

Claude Monet (1888) At Cap d'Antibes (At Cape Antibes/アンティーブ岬).

が使われている。で、カバーを外すと


デザイン : 山田政彦

葛飾北斎 (19C) 『北斎画譜 下編』より.

の、美しい薄墨摺が現れてくる。なかなか粋な装丁。

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最初のコーナーでは、19世紀の西欧の画家たちが北斎を模写した絵が、北斎の作品と並べて、「これでもか!」とばかりに出てきます。

もうこれで、「北斎のJaponismeへの影響」という、この展覧会のテーマに納得せざるをえない。

しかし、模写した画家たちも、こんな形で、それも名前入りで、それも日本で、まさか百数十年後にさらされるとは思ってもみなかっただろうなあ。草葉の陰での心中、お察しいたします。

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図録, p.64

これは、

葛飾北斎 (1815) 『北斎漫画 二編』より.

Edouard Manet (19世紀) Deux Sortes de Salamandres et Une Grosse Mouche (Gecko, Newt, Carpenter Bee/ヤモリ、イモリ、クマバチ)

Manetくらいだと、だいぶ自分流に消化した様子が伺えるが、有象無象の挿絵画家あたりになるともう、ホントに丸写しだ。

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工芸作家になるともっと露骨。絵皿、花瓶、ガラス工芸などなど、もうそのまま丸写し。


図録, p.150

葛飾北斎 (1949) 『北斎漫画 十三編』より.

Émille Gallé (1978-90) Vase 'Le Carp' (Vase with Carp/双耳鉢:鯉)

さすがGalléだけに、周囲の模様には自分のデザインが入っているが、鯉の絵柄は北斎の丸写しだ。

北斎の絵が西欧に浸透していった過程では、油絵よりも、むしろこういう工芸品の影響が大きかったのかもしれない。

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著名な画家もなると、さすがに露骨な丸写しはしない。それだけに、北斎の絵と並べて比較されても、「どこが?」「偶然では?」「考え過ぎじゃないの?」という展示が結構続く。

この辺は意見が分かれるところだろう。

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パンフレットp.1/p.2の

葛飾北斎 (19C) 『北斎漫画 十一編』より.

Edgar Degas (1894) Danseurs, en Rose et Vert (Dancers, Pink and Green/踊り子たち、ピンクと緑)

は、この展覧会のsymbolになっている絵。この絵にしてから、まずこのポーズは、Degasがたくさん描いている、踊り子たちの他の絵でも出てくるポーズである。

それを、北斎の描いた「力士のポーズ」の影響といえるのだろうか?

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パンフレットp.3上の

葛飾北斎 (1814) 『北斎漫画 初編』より.

Mary Cassatt (1878) Little Girl in A Blue Armchair(青い肘掛け椅子に座る少女)

では、北斎の「ぐでっと袋によっかかる布袋さま」の影響というのだから、「ほんと~?」と言いたくなる。

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しかし、Degasにしても、Cassattにしても、それまではもっと端正なポーズを描いていて、こういうユニークだったり、変わった角度からだったり、そして生き生きとしたポーズを描くことはなかったらしいのだ。

しかし、北斎の影響を受ける前後の比較がないので、観覧している方には、本当かどうかわからない。

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図録, p.123

葛飾北斎 (ca.1831) 百物語 さらやしき.

Odilon Redon (1888) Ensuite Parait Un Être Singulier, Ayant Une Tête d'Homme sur Un Corps de Poisson (Planche V, TENTATION DE SAINT ANTOINE, SÉRIE I) (Then There Appears A Singular Being, Having the Head of A Man on the Body of A Fish (Plate V from the portfolio THE TEMPTATION OF SAINT ANTHONY, First Series)/「聖アントワーヌの誘惑」第一集より, 《V. それから魚の体に人間の頭を持った奇妙なものが現れる》).

まで行くと、Redonが浮世絵を見ていたか?好んでいたか?からして全くわからないし、二つの絵の影響関係についても、こじつけのような気がする。

しかしまあ、前から見たいと思っていたRedonの絵が、意外なところで見られたので、うれしかった。

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もう優秀な画家ばかりですから、北斎の絵をそのまま持ってくることはしないのはわかる。これは絵柄の影響を受けた、というより、北斎の精神を受け継いだということなのだろう。

しかし、影響関係がわかりにくいのは事実。今も100%納得はしていない。学者さんの「トバシ」もかなりあると見た。

その評価は後世の人がしてくれるだろう。

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図録, p.248

これは言わずと知れた

葛飾北斎 (1830-33) 冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏.

この波頭の描写はだいぶ西欧の画家に影響を与えたらしい。

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1867年のParis万国博覧会で浮世絵(おそらく波の絵があったと思われる)を見たらしいGustave Courbetは、その直後から波の絵を大量に描き始める。


図録, p.238

Gustave Courbet (ca.1870) La Vague(Wave/波).

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驚くのはこれ↓


図録, pp.240-241

葛飾北斎 (ca.1804-07) おしをくりはとうつうせんのづ(押送り波濤通船の図).

Georges Seurat (1885) Le Bec du Hoc, Grandcamp(尖ったオック岬、グランカン).

これ、構図がよく似てるけど、北斎は波、Seuratは岩だ。たまたまじゃないの?展覧会の現場ではそう思ってしまった。

ところが、絵の上の方を見てほしい。似たような位置に鳥の群れが!これは偶然ではないだろう。

そして決定的なのは「枠」だ。北斎の絵に枠があるのはそれほど奇異ではない。しかしだ、Seuratの絵、印象派の絵にこのような「枠」があるのは異常だ。

これに気づいてから、ようやく「北斎の影響」であることを確信した。

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じつはこの「枠」に気づいたのは、帰って図録を見ていて。うーん、現場で気づきたかった。悔しい。

しかしあの人出では、一点一点を、なかなかじっくり見れないのだ。図録を買っておいてよかったなあ。

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それにしても北斎の絵もなかなかにすごい。こんな波は現実にはありえないだろう。だいたい縦が5倍くらい誇張されている。

しかし、もしかすると北斎の方にも、何か元絵があったのかもしれない。この絵には西欧の版画(ething)の影響が見られるようだし。

この元絵(あるとして)を西欧の絵に探すのも、おもしろいかもしれない。

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今年、展覧会で非常に楽しんだ「Arcimboldo-国芳」の流れをはじめとして、西欧と日本のように地理的に離れていて、これまであまり関係が知られていなかった文化交流が明らかになっていく過程は、本当に面白い。

手前味噌だが、私がチベットやラダックを見るスタンスは、「チベットだけを見ていてもチベットは見えない」、「ラダックだけ見ていてもラダックは見えない」というものだ。

つまり、周囲との政治的・宗教的・文化的な差異と交流・影響関係を把握することで、その地域の特色が浮き出てくる。その浮き出た瞬間をエイッとすくい取るのだ。楽しい瞬間ですよ。

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図録, p.181

現物を見て腰を抜かしたのがこれ。

Émille Gallé (ca.1890-1900) Panel with Dropping Aronia(パネル : 枝垂海棠).

これは板に絵が描いてあるわけではなく、寄木細工で出来ているのだ。びっくり。はじめて知った。

これは「浮世絵を模した」なんていうのは、もうどうでもいい。とにかく驚愕の工芸品だ。

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Galléの寄せ木工芸品は、他に2点、テーブルとキャビネットが出品されていたが、これもものすごかった。

図録ではその凄さが全くわからないので、是非会場で現物を間近に見てほしい。

いつかGalléの展覧会があったら、是非行こう。

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それにしても、日本側は北斎だらけだ。この北斎一人で、錚々たる西欧の大画家軍団に多大な影響を与えているんだから、正に浮世絵の巨人である。

しかし、待てよ・・・。西欧に渡った浮世絵は北斎だけではないはずだ。他の浮世絵の影響って、ないのか?

この展覧会のテーマは「北斎」なので、他の浮世絵が取り上げられていないのは仕方ないのかもしれないが、それにしても北斎・北斎と強調し過ぎのような気がした。

浮世絵全体がJaponismeに影響を与えており、「その中で最も強い影響力を誇ったのが北斎だ」という位置づけがわかるような展示があってもいいのではないか、と思った。現物の展示がなくとも、写真入りパネル数枚でいいから説明がほしかった。

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日本の浮世絵が西洋の画家に与えた影響で一番有名なのは、実は北斎ではない。

歌川広重(1797-1858) → Vincent van Gogh(1853-1890)

である。

広重の「名所江戸百景 亀戸梅屋敷」や「名所江戸百景 大はし あたけの夕立」を、Goghがまんま模写しているのは、つとに有名。

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実は、この国立西洋美術館の「北斎とジャポニズム」展と同時に、同じ上野公園の東京都美術館で「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催中なのだ。

・日本放送協会+NHKプロモーション+北海道新聞社/ゴッホ展 巡りゆく日本の夢(as of 2017/11/17)
http://gogh-japan.jp/

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 東京展
開催概要
会期 : 2017年10月24日(火)─2018年1月8日(月・祝)
会場 : 東京都美術館
住所 : 〒110-0007 東京都台東区上野公園8−36
アクセス : JR「上野駅」公園口より徒歩7分、東京メトロ銀座線・日比谷線「上野駅」7番出口より徒歩10分、京成電鉄「京成上野駅」より徒歩10分 ※駐車場はありませんので、車での来場はご遠慮ください。
開室時間 : 午前9時30分~午後5時30分 ※金曜日、11月1日(水)、2日(木)、4日(土)は午後8時まで ※いずれも入室は閉室の30分前まで
休室日 : 月曜日、12月31日(日)、1月1日(月・祝) ※ただし、1月8日(月・祝)は開室
観覧料(税込)当日(前売・団体) : 一般1,600円(1,300円) 大学生・専門学校生 1,300円(1,100円) 高校生800円(600円) 65歳以上1,000円(800円) 11月15日(水)、12月20日(水)はシルバーデーにより65歳以上の方は無料(要証明)。混雑が予想されます。 ※団体割引の対象は20名以上。 ※中学生以下は無料 ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料 ※毎月第3土・翌日曜日は家族ふれあいの日により、18歳未満の子を同伴する保護者(都内在住、2名まで)は一般当日料金の半額 ※いずれも証明できるものをご持参ください
主催 : 東京都美術館、NHK、NHKプロモーション
後援 : 外務省、オランダ王国大使館
協賛 : 損保ジャパン日本興亜
協力 : KLMオランダ航空、日本航空
共同企画 : ファン・ゴッホ美術館
お問い合わせ : 03-5777-8600(ハローダイヤル)
報道機関お問い合わせ : ゴッホ展 広報事務局(プラチナム内) 担当:金・森 TEL 03-5572-7351 / FAX 03-3584-0727 MAIL gogh-japan.pr@vectorinc.co.jp

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「北斎とジャポニズム」展で、「広重→Gogh」関係に意図的に触れていないのは、実はこういう理由があったのです。

そういうわけで、「ゴッホ展」も近々行くぞ!

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(追記)@2017/11/18

なお、北斎の浮世絵は、状態がよいものはあまりありません。まあ、この展覧会は、北斎の浮世絵だけを見るものではないからいいんだけど。

状態のいい北斎を見るのであれば、太田記念美術館など、北斎展をしょっちゅうやってるのでそちらでどうぞ。

2017年11月1日水曜日

国立国会図書館 「挿絵の世界」 展

に行ってきました。

・国立国会図書館 > 新着情報 > イベント・展示会情報 > 展示会 > 2017年10月10日(火)~2017年11月11日(土) 東京本館/2017年11月17日(金)~2017年12月9日(土) 関西館 企画展示「挿絵の世界」(as of 2017/10/31)
http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/exhibition2017.html

東京会場
日時 : 2017年 10月10日(火) ~11月11日(土) 日曜日、10月18日(水・資料整理休館日)、11月3日(金・祝)を除く。10:00~19:00(土曜日は18:00まで) ※一部の資料の展示替え、展示箇所替えを行います。
会場 : 国立国会図書館 東京本館 新館1階 展示室 ※展示会の観覧のみの場合、入館手続きは不要です。図書館資料利用中の展示会観覧はできませんので、退館手続きを済ませてから展示会場にお入りください。※満18歳未満の方もご覧いただけます。
参加費 : 無料
お問い合わせ先 : 国立国会図書館 利用者サービス部 サービス企画課 展示企画係 03-3506-5260(直通) tenji-kikaku@ndl.go.jp

関西会場
日時 : 2017年 11月17日(金) ~12月9日(土) 日曜日・11月23日(木・祝)を除く。10:00~18:00 (ただし11月19日(日)のみ10:00~16:00開催。) ※『東京日日新聞大錦』、『新聞附録東錦繪』、『水野年方下圖』の3点は複製パネルでの展示です。
会場 : 国立国会図書館 関西館 地下1階 大会議室 ※展示会の観覧のみの場合、入館手続きは不要です。図書館資料利用中の展示会観覧はできませんので、退館手続きを済ませてから展示会場にお入りください。 ※満18歳未満の方もご覧いただけます。
参加費 : 無料
お問い合わせ先 : 国立国会図書館 関西館 総務課 0774-98-1224(直通)


同展チラシ表


同展チラシ裏

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今年の夏は、

2017年9月16日土曜日 月岡芳年ツアー2017(3) 太田記念美術館 「月岡芳年 月百姿」 展
2017年8月19日土曜日 月岡芳年ツアー2017(2) 太田記念美術館 「月岡芳年 妖怪百物語」 展
2017年8月5日土曜日 月岡芳年ツアー2017(1) 横浜歴史博物館「歴史×妖×芳年」展

と、幕末~明治前期の最後の浮世絵師・月岡芳年に、ずいぶんとつき合いました。

この展覧会は、その芳年や落合芳幾(1833-1904、この人も歌川国芳の弟子)から始まります。つまり浮世絵/錦絵が新聞に取り入れられ、そして滅びていく過程です。

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これは図録代わりのパンフレット。会場で無料配布されています。

・国立国会図書館・編 (2017.10) 『挿絵の世界』(国立国会図書館 平成29年度企画展示). 12pp. 国立国会図書館, 東京.


同書, p.1

最初の展示は、芳年、芳幾による大判の新聞錦絵。浮世絵/錦絵の最後のきらめきの作品です。

その後、錦絵が成立しなくなると、浮世絵師たちは新聞・本の挿絵に活路を見出していきます。

水野年方(1866-1908)は芳年の弟子。新聞小説の浮世絵風挿絵画を確立した人で、名前を知らなくとも教科書や歴史の本などで、誰しも見覚えがあるんではないだろうか。


同書, pp.2-3

年方の流派は現代にも生き続けており、美人挿絵で一世を風靡した岩田専太郎(1901-74)などの「色っぽい女性画」は年方の流れをくむもの。

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明治も中期になると、洋画技術もだいぶ普及。小説の挿絵にもクロッキー/スケッチ風の挿絵が現れるが、当初は不人気で、浮世絵師が描き直しているのがおもしろい。

しかし、挿絵の世界でも、徐々に洋画技術が普及。そしてそれは大正初期のArt Nouveau(アール・ヌーヴォー)、特にAubrey Vincent Beardsley(1872-98)の挿絵が入ってきたことで決定的になる。

日本の挿絵にも、Beasleyのそっくり絵が多数現れている。

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かくして浮世絵派は、挿絵の世界でも主役ではなくなっていくのだが、その流れは決して消えることはなかった。

大正~昭和初期の人気画家(と言うより、はっきりイラストレーターと言える人)・高畠華宵(1888-1966)には、洋風の影響は当然ありながらも、浮世絵の技法が色濃く残っている。

伊藤彦造(1904-2004)ともなると、はっきり浮世絵師の直系である。彦造の展示挿絵は荒々しく、また色もまっ黒だったなあ。

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何度か書いているが、この流れはマンガ家の絵にも受け継がれ、特に貸本マンガの世界で生き続けてきた。橋本将治、平田弘史などがその流れをくむ人たち。

花輪和一、丸尾末広などのガロ系マンガ家も、Disney~手塚治虫系の絵とは別で、挿絵画家の影響が強い人たちだ。

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昭和に入り、挿絵の世界に中原淳一、蕗谷虹児、松本かつぢ、らが現れてくると、自分にも馴染みのある世界になってくる。

しかし、この展覧会で自分が一番知りたかったのは、今まで述べた、浮世絵師たちの滅びの姿だ。今まで知らなかったそのミッシング・リンクが、だいぶわかってきた。その意味で非常にいい展覧会だったと思う。

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もちろん、挿絵の世界はその後も大きな発展を遂げる。

1940年代以降、山川惣治、小松崎茂らが出現するると、すっかり挿絵の世界も濃厚な洋画の世界になる。

こちらも、もちろんマンガの世界に影響を与えている。通常、「どっから出てきた絵なのか、わからない」と評される諸星大二郎などは、この系統と見ていいだろう。

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そして、真鍋博、高荷義之らのSF挿絵。宇野亜喜良、灘本唯人、和田誠らの洒脱な挿絵。より一層モダンな河村要助、峰岸達、浅賀行雄らになると、もう今もお馴染みの挿絵だ。

ひとつ不思議なのは、山藤章二の展示が一つもなかったこと。でもなんとなくその理由がわかる。山藤挿絵の特徴は、絵の中に文章が入り、作家とinterplayを繰り広げることに特徴がある。これはもう挿絵の域を超えている、という判断だったのかもしれない。

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最後にラノベ・イラストの世界だ。もうこのへんは、自分には馴染みがないのだが、色々勉強させてもらった。

しかし、このあたりの絵は、源流になっている、吾妻ひでおのロリ絵、東映動画に始まる宮﨑駿のジブリ絵なども考慮した上で、見ていく必要がある。

挿絵の流れは、挿絵だけで完結するものではない。挿絵という切り口で、日本の絵(マンガやアニメなども含む)の大きな流れをつかんでいくのも、この展覧会の楽しみ方だ。

その意味で、非常に面白い展覧会でした。

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挿絵というものは、原画がもはや存在しないケースが多く、展示はみな印刷物だ。絵が小さい。大規模な展覧会など不可能なのだ。

小規模な展覧会なのは仕方ない。むしろ、これこそ国会図書館らしい展覧会といえる。

無料なのに、見応えたっぷりでとても面白い。ぜひ行ってみてください。もし東京展を見逃しても、「けいはんな」の関西館まで行って見てくる価値は充分あると思います。

2017年10月30日月曜日

高野文子の娘たち (2) ヨコイエミ 『カフェでカフィを』

2017年3月26日日曜日 「フイチンさん」の娘たち (2) 近藤聡乃 ウラモトユウコ

で、高野文子の影響が色濃く見える二人、近藤聡乃、ウラモトユウコを紹介しましたが、これはもう「フイチンさんの娘たち」というより「高野文子の娘たち」といった方がいいでしょう。

というわけで「高野文子の娘たち (1)」はありませんが、いきなり(2)で進めましょう。

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娘3人目は、ヨコイエミ。

・ヨコイエミ (2017.9) 『カフェでカフィを』(集英社クリエティブコミックス). 191pp. 集英社, 東京/集英社クリエイティブ, 東京.
← 初出 : Office You, 2013年7月号~2015年9月号.


デザイン : 松本哲児(BRIDGE)

最近の新刊マンガはシュリンクがかかっていて、中身が見れません。大手の売れ筋作品では、薄い「立ち読み版」が書店に配布されることもありますが、こういったマイナー作品ではそれもない。

だから表紙で判断せざるを得ないケースが多いのだが、この本も情報なしでそうやって見つけた本。

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表紙はOK。カラーコーディネートもいいですね。

このマンガは、基本「コーヒー」をテーマにした短篇集なのだが、前後の話が何らかの形でつながっているという連作集でもある。最近このパターン多いですね。

1話2話あたりは、ちょっとオシャレ系の雰囲気もあり、大丈夫かな(つまり、オッサンでもついて行けるかな?)、と心配に。


同書, p.34

第3話目まではこういう細い線で描かれている。この辺でもかなり高野風なのだが、「るきさん」よりもっと後、「黄色い本」あたりに近いかな。

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4話「マリアージュ」は、完全に『棒がいっぽん』のころの高野マンガの影響を受けている。


同書, pp.40-41

右ページで会話、左ページでは角度をめまぐるしく変えた「どアップ」、というのは、なかなか迫力ある。これ、高野文子 『棒がいっぽん』収録の「奥村さんのお茄子」とか「バスで四時に」をかなり意識した実験作だ。

また内容も、高野作品「マヨネーズ」のシチュエーションをもうちょっとソフトにした感じ。

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この辺で、「この人、高野文子の娘の一人だ!」と気づいたわけです。この実験はその次の第5話「ミス・ベンダーの旅」にも続きます。


同書, pp.66-67

この話は、なんと缶コーヒーの缶と自動販売機の会話だ。この点でも実験作だ。

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もしかすると、この辺は編集さんあたりに「ちょっとやり過ぎですよ」と注意されたのかもしれない。

その次からは、絵にはあまり凝らずに、会話中心の人間模様にシフトしている。でもそっちもおもしろい。

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12話「カフェ・ド・バスルーム」は、若夫婦が一緒に風呂に入りながら、コーヒー飲んだりアイス食ったりと、いちゃいちゃする話だ。普通はそのまま始まっちゃうわけだが(笑)、その直前の楽しそうな雰囲気をよく描いている。まあ、実体験なんでしょうね(笑)。

しかし、最近は女性の陰毛などは、女性マンガ家も平気で描くようになったなあ。男性器はまだ隠す人多いけど。

アイスを食べるシーンの、目を見開いて大口開ける顔、「うはぁ 恐怖漫画の顔みて」、「んまい」。

これは!楳図かずおファンだな!特に「まことちゃん」の。

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「三爺マンガ同好会」「ぐるぐる」の、ジジイ三人組コントもおもしろいなあ。この作品集は、老人が大活躍するのも特徴です。

この辺は、高野作品「二の二の六」あたりの雰囲気。

p.85の「源さん」に大笑い。これ、1983年のドラマ「源さん」の宇津井健じゃないか(笑)。

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ヨコイエミさんは、1990年代にデビューし連載作も持っていたのだが、その一作で一度フェイドアウト。どうも結婚して一時仕事をセーブしていたような雰囲気。

そして名前を変えて再デビュー。前作は知らないのだが、こんな感じで、のんびり作品を発表していってほしい。

2ヶ月に1本10ページじゃ、なかなか単行本にならないだろうけど。この本も1冊分たまってから出るまで2年もかかってる。

いつかまた(2年後くらい?)取り上げます。

2017年10月27日金曜日

萩尾望都 『A-A'』(5) 一角獣種とアスペルガー症候群

この「一角獣種シリーズ」でよく語られるのが、アスペルガー症候群との類似性。

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アスペルガー症候群(Asperger Syndrome、AS)とは、発達障害の一種で「高機能自閉症」とも呼ばれます。

1944年、Austriaの小児科医Hans Asperger(1906-80)がはじめて症例を報告した。1981年、UKの精神科医Lorna Wingが「アスペルガー症候群」という用語を用いた論文を発表し、以後この用語と概念が広く普及した。

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特徴はもう

2017年10月11日水曜日 萩尾望都 『A-A'』(1) 一角獣種とは何か?

でまとめた一角獣種の性格そのまま。

・他人の気持ちを理解しにくい
・他人の発言を額面通りに受け取る(特に皮肉や隠喩などが理解しにくい)
・空気を読むのが苦手
・特定の対象に強く興味を示し集中する
・きちんとしたもの、規則的なものを好む
・同じ行動を反復する
・毎日同じ食べ物を食べ続ける
・大きな声や接触が苦手であることが多い
・知的障害、言語障害はない

その結果、特に対人関係で周囲と軋轢が生じやすく、「変わり者」という扱いをされて、孤立してしまうケースが多い。

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「一角獣種シリーズ」に出てくる3人の一角獣種の中では、「A-A'」アディが典型的なASに似た性格を示すよう。

「4/4カトルカース」のトリルでは、性格よりも「一角獣種」の生理に焦点を当てて取り上げているので、あまりASっぽい感じは出ていない。

「X+Y」のタクトはアディとも似ているけど、おもしろいのは、タクトは「ちょっと変わり者」とは思われてはいるものの、周囲に愛されており、孤立したようなところが全くない。

まあタクトはちっちゃくて、アイドル的な扱いだからかもしれないが・・・。しかし、男だけの集団で、あんな寛容な子ばかりというのは、女性向けマンガ特有のファンタジー。だから、常にあんな風にうまくいくとは思わない方がいい。

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ASは「症候群」などという名前が付いているので、あたかも病気であるかのように思ってしまうが、私はそうは思っていない。原因は不明らしく、従って明確な治療法もない。そもそも治療する必要があるのだろうか?

ASっぽい人は昔からいた。病気という扱いではなく、「ちょっと変わった人だな」くらいの扱いだ。今も、ASと診断されていなくても、普通に周囲に一定数いる。

はっきり診断されているわけではないが、Jazz musicianのThelonious Monk(1917-82)はASだったんではないか、と言われていますね。確かに、伝記を読むとASっぽい行動だ。素晴らしい曲と、特異でおもしろすぎる演奏を多数残してくれた人です。日常生活もまた「The Unique」。

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ASの人が話したりする事、作ったりするもの、行動自体も、Monkのように、とても意外で興味深いものが多い。それが他の人と違っている故に、それを発展させれば、今まで見たことも聞いたこともない、新機軸・新発見・新発明になるんじゃないか、と思ってる。そう、ASの人は人類の宝なのだ。

私の周囲にも「この人ASっぽいな」という人は結構いた。もちろん、なかなか対応がむずかしいんだけど、徐々に対応の仕方がわかってきた。

まず褒めてやる。

これはASに限らないのですが、人は誰でも「自分を否定されること」には弱い。ASの人は特に弱いようです。

褒められて喜ばない人はいないでしょうけど、わざとらしい褒め方、お世辞はあまり効果ないような気がします。ASの人は、言葉を額面通り受け取る傾向があるので、一見うまく行きそうな気もするのですが、何故かわかりません。

とにかくASの人が興味を持って集中していることを、面白がって褒めるのが一番です(これもASの人に限らないのですが)。

ところが、ASの人が集中している対象の中には、「何それ?」という意外なものが多いのです。なかなか理解されないのですよ。だから、これはもう褒める側にも、ASの人と興味を共有する才能がいるのです。努力して身につくものじゃないので、むずかしいですよね。

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この「一角獣シリーズ」にもASの人への対応法のヒントがあると思う。アディに気をかけてあげて心を開かせたレグ・ボーン、タクトとは距離を保ちつつ仲間として受け入れているザーズ他の仲間たち。

まあ、所詮フィクションなので、真に受けると逆に危険なのだが、ヒント程度には使えると思う。

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萩尾先生は、どこから「一角獣種」のアイディアを得たのだろうか?執筆当時(1981~84年)は、ASという用語、概念はまだ専門家の間にしか知られていなかったと思うので、何か本で得た知識ではなさそうだ。周囲にASの人がいてモデルにしたのだろうか?

萩尾先生の「A-A'」へのコメントを見ると、今にして思えばある意味ASの象徴かもしれない、というような話をされているので、意識してASをモデルにしたわけじゃなさそう。

一部自分にも当てはまるらしいが、やはり周囲にASの人がいたんじゃないか、という気がする。

まあ、この辺はいつか業界の人に詳しく訊いてほしいところですね。

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なお、ASや発達障害に関しては、マンガもたくさん出ています。解説/HOW TOマンガや、実体験を(やや誇張して)描いたエッセイ・マンガの形態がほとんどです。創作モノとして昇華させた作品は知らないので、いつかそういう作品も見つけてみたい(あると思ってる)。

それにしても、「アスペルガー」というテーマに限っても、これだけたくさんマンガがあるって、やっぱり日本のマンガの多様性はすごい。

2017年10月24日火曜日

萩尾望都 『A-A'』(4) X+Y

・萩尾望都 (1984.7-8) X+Y(前編・後編). プチフラワー, 1984年7月号~8月号.
→ 収録 : 『A-A'』(小学館文庫). pp.101-200. 小学館, 東京.


『A-A'』(小学館文庫版), pp.102-103.

このエピソードのメインテーマは、「性転換」と、そして「BL(ボーイズラブ)」だ!

主人公は一角獣種のタクトと、「4/4カトルカース」のモリが再登場。前作の解決編ともいえる。

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地球の大学のエリート集団に属するタクトは、小柄な一角獣種美少年。友人ザーズのいとこメリメと初体験するが、うまくいかなかった(「プチフラワー」でいきなりこれだ!)。

医務室でジョージとアンアンに検査してもらったところ、ついでの遺伝子検査で、とんでもないことがわかった。タクトは性染色体が「X+X」つまり女性だったのだ。この事実に反発するタクト。

一方、タクトのチームは、火星カナル・プラン(要するにテラフォーミング)・コンペティションで、見事地球代表となる。そしてチームは火星へ。

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火星についたチームは、さっそく凧(カイト=ハングライダー)レースに遭遇。墜落してしまった凧に乗っていたのはモリ。「4/4カトルカース」のモリの4年後だ。

一目見て、タクトが一角獣種であることに気づくモリ。一方、モリも強い念動力使いであることが、チームにばれる。チームの「TAKO計画」には、念動力使いが必要なのだ。

カナル・プランでのプレゼンテーションでは、保水用ゲルの実験に失敗し、会場を水だらけにしてしまう。メッセンジャーとして参加していたモリも、巻き添えでびしょ濡れ。チームの宿舎に招かれ、そこでモリはタクトと「共鳴」を起こし、タクトを浮かび上がらせてしまう。

凧デートに出かけるモリとタクト。タクトにトリルの面影を見、モリはタクトに告白。しかし、タクトは一角獣種らしい「コミュ障」ぶりを発揮し、冷静に拒否。モリはタクトに怒りをぶつけてしまう。


『A-A'』(小学館文庫版), p.149.

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『A-A'』(小学館文庫版), pp.102-103.

チームは土星タイタン代表に認められ、土星に視察旅行に。チームのカナル・プランは、土星の輪の一部を雪ダルマ状にして火星まで運ぶ計画なのだ。

気になってタクトにコンタクトしたモリだが、タクトはモリの記憶を失っていた。「自分の念動力のせいらしい」と感じたモリは、チームの後を追って土星へ。

タイタンからミマスに移ったチーム。タクトとモリは凧の実験に。そこで二人は遭難してしまう。モリは、ケガをしていたものの無事発見。しかしタクトは行方不明。

ケガを押してタクトを探しに出たモリ・・・。二人はどうなる?

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エンディングでは、チームはタクトの父親ムーンサルト博士に会いに、小惑星帯トロヤ群に行く。そこで聞かされたのが、ムーンサルト博士の性転換実験と、タクトの出生と性転換の秘密、なぜ、タクトに7歳以前の記憶がないかの理由・・・。

タクトは男のままか?女になるのか?

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一角獣種、性転換、BLに加えて、火星のテラ・フォーミングまでが背景として加わり、SF要素のテンコ盛りだ。

これだけ盛り込んだ設定を、100ページにうまく収める力量に唸らされる。テラ・フォーミングがらみは、ちょっと消化不良気味でもあるが・・・。

性転換ネタも、まあ~お話ならでは、のことだよね。突っ込みどころは満載。

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地球→火星→土星系タイタン→土星系ミマス→小惑星帯トロヤ群とめまぐるしく移動することもあり、ロードムービー的な楽しみ方も可能。

前作で後悔を残したモリが成長し、悩みつつ試行錯誤しつつむくわれる完結編だ。

そういえば、タクトにはショタ要素もあるので、ショタ好きにも楽しめるかな。ああ、もう万能のマンガだ。

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小柄で、文字通り中性的なタクトが魅力。これに一角獣種特有のクールネスを持っているのだから、マンガの主人公としては強力だ。

いや、実際にいたら、相手するのは結構大変そうだが・・・。

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これで「一角獣種シリーズ」は終わりのようだが、もっと読みたいなあ。深みのあるテーマなので、どんな道具立てとくっつけても相性がいい。

もう1回ツヅク

2017年10月20日金曜日

萩尾望都 『A-A'』(3) 4/4カトルカース

続いては、「一角獣種シリーズ」2作目

・萩尾望都 (1983.11) 4/4 カトルカース. プチフラワー, 1983年11月号.
→ 収録 : 『A-A'』(小学館文庫). pp.51-100. 小学館, 東京.


『A-A'』(小学館文庫版), p.51.

今回のメインテーマは「念動力」と「共鳴」。

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舞台は木星の衛星イオの大規模基地。

NASAの外惑星探査機Voyager 1号が木星に到達したのは1979年。その時に、衛星イオは活発な火山活動が存在し、表面は硫黄分に富む溶岩で覆われていることが明らかになった。

この作品が描かれた当時、その情報はだいぶ知られていたはずだが、この作品には全く反映されていない。

舞台はほとんど基地のドームの中なので、全然影響ないけど。

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主人公は14歳のモリ。超能力養成学校(?)の学生。だが、その力をうまく発揮できないのが悩み。

モリはペルー出身。幼いころ、その念動力とカレイドスコープ・アイ(万華鏡のようにきらめく瞳)のせいで、村人に殺されかかったことがある。しかし念動力により村を全滅させた。その後、念動力をうまく扱えなくなった。

ある日、モリは一角獣種の娘トリルが落下するのを、空中で止めるという大技を披露する。

トリルは、サザーン博士が育ている一角獣種の純粋種であった。知能障害があり、言葉もうまく喋れない。サザーン博士は、一角獣種の繁殖と改良について研究しているアブナイ先生だ。


『A-A'』(小学館文庫版), p.77.

モリの15歳の誕生日にトリルを招いたところ、モリの念動力が大暴れ。モリとトリルは「共鳴」という現象を起こしており、それによりモリの念動力が増幅されることがわかった。

サザーン博士からトリルを奪い、連れ出すモリ。そこで二人はさらに大きな事件を起こしてしまう。

イオにいれなくなったモリは、火星に旅立つ。しかし、トリルも研究所から逃げ出してしまう。戻ろうとするモリが見つけたトリルは・・・。

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SFの設定を除くと、古典的な「A boy meets a girl」+「ロミオとジュリエット」ストーリーだ。

このエピソードでは「一角獣種」の性格よりも、その歴史、現状、生理が重要なキーとなっている。

サザーン博士は、トリルの卵子を取り出し人工授精させようとしたり、自分でも犯したりしている(よう)で、実はとてもハードでヤバイ話。こんなのが少女マンガ誌(というより、プチフラワーは女性版「青年誌」だが)に載っていたんだから、すごいよね。

主人公は一貫してサイキック男子なので、ちょっと「一角獣種」の効果が薄いけど、悲劇としてよくまとまった逸品だ。

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後悔を残したモリは、次の「X+Y」にも登場し、ダブル主役をはることになる。

2017年10月15日日曜日

森泉岳土 『報いは報い、罰は罰』

『A-A'』の途中ですが、新刊の紹介。

2016年12月31日土曜日 森泉岳土 『うと そうそう』
2016年8月14日日曜日 森泉岳土5連発

で紹介した森泉岳土(もりいずみたけひと)の新刊が出ました。

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・森泉岳土 (2017.10) 『報いは報い、罰は罰 上・下』(BEAM COMIX). KADOKAWA, 東京.
← 初出 : 月刊コミックビーム, 2016年12月号~2017年9月号.


装幀 : 吉田昌平(白い立体)

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いやー、今回の表紙は、白黒で何が描いてあるのかわからないグチャグチャの絵。森泉の真骨頂だ。最高です。

表紙でいきなり客を選ぶ、と思うけど、「最近の森泉絵は、端正になりすぎ」と感じていたので、初期のテイストが蘇ったこの表紙は、自分にはとても嬉しい。

書店の売り場に、禍々しい空気を存分に発散しているので、気持ち悪くて、「チラ見するのも嫌だ」という人もいるかもしれない。

自分は、最初、上・下巻の区別がつかなくて、「もう片方はどこだ?」と探してしまいましたよ(笑)。

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カバーは、何と言うのか知らないが、しっとりしたマットな素材。これは汚れや煙をよく吸いそうだ。書店カバーはかけたままにしておこう。

この凝った装幀のせいもあり、この本かなり高い。各170ページくらい(正確にはわかんないんですよ)で1250円+税。でも迷わず買っちゃいましたよ。それだけ価値のある本です。

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この本、ノンブル(ページ番号)がいっさいない。少年マンガでは、ほぼ全ページ断ち切りでノンブルがないのはあるけど、これはきっちり全コマがページ内に収まっているのに、だ。

当然、意図的なもの。マンガというより芸術作品として売ろうとしているのかもしれない。あるいは「ページ数など気にせず没頭してほしい」ということか?

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内容は、長編ゴシック・ホラー。これだけストーリー性の強い長編作品は、森泉は初挑戦だ。

妹・真百合が、嫁ぎ先の洋館から行方不明になったと聞き、姉・真椿(まつばき)はUSAから帰国早々、山奥の洋館に向かうのだった。

そこで出会った洋館の怪しい一家。そして、冬の洋館で巻き起こる惨劇。犯人は?真椿は無事に帰れるのか?そして妹・真百合の行方は?

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同書・上, はじめの方

2ページ目の絵からして、もう怖すぎなんですけど(笑)。

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推理ものの要素も少しあるが、悩む間もなく、わりとあっさり明らかになってしまうので、これはやっぱりホラーものだ。犯人もそれほどひねりはない、と感じるかもしれない。

「冬の洋館での惨劇」というと、小説 Stephen King (1977) SHINING、あるいは映画 Stanley Kubrik(dir) (1980) SHINING(シャイニング)を思い出すかもしれないが、このマンガもかなりその影響を受けていると思う。

それだけではなく、作中には様々なホラーの類型が散りばめられていて、作者がホラーものをよく勉強していることがわかる。その分、ホラーとしてのオリジナリティは少し弱い気がする。登場人物もちょっと類型的かな。

しかし、そんなことはあまり気にする必要はない。森泉くらいの超絶画力で、本気で読者を怖がらせようとしたら、底知れぬ恐ろしい絵が出てくる、という事実を楽しんでほしい。

ホント、どのページも怖すぎだよ。


同書・下, 前半

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今回人物画は、おそらく意識的にちょっと劇画調にしてある。誰かの絵にそっくりのような気がするんだが、思い出せない。石井隆や丸尾末広のテイストはかなり感じる。

端正な表情だけでストーリーを進めることが多い森泉だが、ホラーともなると、驚き、恐怖、疲労の表情など、バラエティに富んだ森泉人物画が楽しめる。相変わらず「汗」を感じさせる絵はないが、まあそれはそういう作風なんで・・・。

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ぜひ挙げたかったのだが、ネタバレになるのでわざと挙げなかった絵が、上巻後半の惨殺シーン。これはもうスゴすぎて、声も出ない。日本マンガの至宝ですね。おそらく何年か後には、あちこちで真似されるでしょう(特にFranceのband decinée方面で)。

最初に描いたように、この作品では、どうやって描いているのか想像もつかない、森泉流背景が圧倒的だ。暗がりの多い洋館、夜のシーンの多さ、森泉テクニックが存分に発揮されている。

コンピュータ上の画像処理ではなさそうな、暗闇のボカシの多用も、この洋館に漂う禍々しさをよく表現している。これに気が滅入る人もいるかもしれないな。

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ストーリー展開では、ちょっとタイミングよすぎでお芝居くさい、とか、主人公が転落するシーンはちょっと無理がある、とか感じる所もあるかもしれないが、何せこの絵で、この勢いで、描かれると、もう圧倒されてしまい、ぐいぐい引き込まれる。

今後、ネット上ではネタバレっぽいレビューもかなり出てくると思うので、早いこと買って、まっさらな状態で読むことをお勧めします。

いやあ、次はどんなマンガを描いてくれるんだろう。楽しみでしょうがない。

2017年10月14日土曜日

萩尾望都 『A-A'』(2) A-A'

まずは表題作の「A-A'」から。

・萩尾望都 (1981.8) A-A'. プリンセス, 1981年8月号.
→ 収録 : 『A-A'』(小学館文庫). pp.4-49. 小学館, 東京.


『A-A'』(小学館文庫版), pp.4-5.

昔は、正統派少女マンガ誌に、こんなハードSFが載っていたのですよ。

当時のプリンセスには、SFマンガでは他に山田ミネコがいたが、主力は、貸本時代から活躍する細川智栄子や「わたなべまさこ」など。ちょっと古くさいマンガが多かった。

細川智栄子「王家の紋章」なんて、いまだ現役作品だ!

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「一角獣種シリーズ」は、前回まとめた一角獣種の性格がもたらす軋轢を背景に、もう一つSFガジェットを大きなテーマとしておいている。

「A-A'」では、それが「クローン」だ。

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プロキシマ星系第5惑星ムンゼル探査基地に派遣されていたアデラド・リー(一角獣種、19歳、女性)は、事故で死んでしまう。地球で眠りから覚めたアデラドは、自分がアデラド本体のクローンであることを知る。

A=アデラド(アディ)、A'=アデラドのクローン、ということ。

宇宙探査隊員は、事故死にそなえ、地球を発つ前にクローン作成を義務付けられているのだ。そして本体が事故死の場合は、クローンが代役を務めるため、探査基地に再度派遣される。

二代目アディは、初代アディ3年前のクローンなので、16歳のまま。保存されていた記憶も3年前で止まっているわけ。

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ムンゼル基地に到着した二代目アディは、一角獣種のコミュ障をいかんなく発揮し、周囲をとまどわせる。


『A-A'』(小学館文庫版), p.15.

実は3年前には初代アディも同様だったのだが、レグ・ボーンのおかげで次第に心を開くようになり、二人は恋人同士となったのだった。

二代目アディに対するレグの反応は複雑。「初代アディそのままだ」「いや、アディは死んだのだ。今いるアディは別人だ」という葛藤。再びアディを気にかけるが、二代目アディは一向に心をを開かない。

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レグと二代目アディが調査に向かった先で、二人は偶然、「あるもの」を発見。その「あるもの」に絶望したレグは、二代目アディの心を開かせることもあきらめ、αケンタウリ星系トリマン・コロニーAに転属してしまう。

そこに、トリマン・コロニーAの爆発事故のニュース。レグも事故死。これに対する二代目アディの反応(内面)は、「爆発の光度はどれぐらいだったろう?」。

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アディの冷たい反応に呆れる隊員たちであったが、ある日アディが拒食症に陥っていることに気づき、彼女なりにショックを受けていることを知る。

アディ同様、レグもクローンの出番となる。再びムンゼル基地に配属された二代目レグ。

到着した二代目レグを迎えたアディは・・・。

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クローンをメイン・テーマにした作品だが、これが「一角獣種」という背景に乗っていることで、とても深みのある作品になっている。

SFはやはり設定が命だ。設定がテキトーだと、舞台はSFっぽくても、単にドンパチやってるだけで、実は舞台はどこでもいい話になってしまう。

「一角獣種」を中心においていることもあり、このシリーズは終始静かに進む。が、ところどころに大きな見どころを置いているので、退屈するようなことは一切ない。ここでは、「あるもの」発見が大きな見どころ。

ラストシーンは、カタルシスと感動をもたらす名場面になっている。その一瞬で物語をバスッと断ち切るテクニックも名人芸だ。

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アディの冷たい無表情がいいですね。そのクールさの下から少しずつ感情がにじみ出てくる際の、微妙な描写もおもしろい。

あまり有名じゃないけど、萩尾中編SFの傑作の一つだと思う。是非ご一読を。

2017年10月11日水曜日

萩尾望都 『A-A'』(1) 一角獣種とは何か?

先日、雪崩が起きまして。いや室内で(笑)。

それで地層の下部に埋設されていたものが多数発掘されました。これがその一つ。

・萩尾望都 (2003.9) 『A-A'』(小学館文庫). 308pp. 小学館, 東京.


カバーデザイン : 小松美紀子+ベイブリッジ・スタジオ

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これは、「一角獣種シリーズ」3作(1981~84)を中心として、「ユニコーンの夢」(1974)、「6月の声」(1972)、「きみは美しい瞳」(1985)を収録した作品集。

「一角獣=ユニコーン」ということで、「ユニコーンの夢」が収録されたのだと思うが、内容は「一角獣種シリーズ」とは関係ない。他の作品も関係ない。

ここでは「一角獣種シリーズ」についてのみ触れる。

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先に初出と書誌を、

初出:

・「A-A'」. プリンセス, 1981年8月号.
・「4/4 カトルカース」. プチフラワー, 1983年11月号.
・「X+Y 前編」. プチフラワー, 1984年7月号.
・「X+Y 後編」. プチフラワー, 1984年8月号.

収録:

(1) 萩尾望都 (1984.11) 『A-A'』(萩尾望都作品集17). 小学館, 東京.(「一角獣種シリーズ」3作を収録)
(2) 萩尾望都 (1995.9) 『A-A' SF傑作選』(小学館叢書). 小学館, 東京.(「一角獣種シリーズ」3作+7作を収録)
(3)萩尾望都 (2003.9) 『A-A'』(小学館文庫). 小学館, 東京. (「一角獣種シリーズ」3作+3作を収録)

(2)と(3)は、「一角獣種シリーズ」以外の収録作として「ユニコーンの夢」、「6月の声」が共通している。

参考:
・萩尾望都作品目録 > 作品目録(as of 2017/10/07)
http://www.hagiomoto.net/works/

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「一角獣種シリーズ」は、地球人が太陽系の外惑星(火星・木星系・土星系)~太陽系外に進出している時代のお話。つまりSFだ。

シリーズを通して「一角獣種」という種族が登場する(必ずしも主人公ではない、というか単独の主人公にしづらい)。

「一角獣種」とは、同じ地球人類なのだが、宇宙開拓黎明期(21世紀はじめ)に、宇宙開拓に向くよう遺伝子操作で開発された種族。

シリーズ中に、断片的に「一角獣種」についての説明があるが、意識して整理しておかないと、よくわからなくなる。

その説明を抜き出して、「一角獣種」の設定を整理しておこう。

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「A-A'」

p.16
チャイ「ン・・・まァ しようがないなァ。 もともと アデラドは無愛想の型(タイプ)だし・・・。 なんせ 赤いたてがみの一角獣種の生き残りだものな。」
無名「21世紀初頭に 宇宙旅行のため開発された 遺伝子変異種でしょう? 風変わりなのよね。」

p.19
初代アディ「レグ・ボーン。わたしは とてもめずらしい種族なんだそうだ。」
レグ「一角獣種? いい名だ。 はじめて聞くが。」
初代アディ「わたしも 成長して宇宙開発計画に参加するまで 知らなかった。この髪は ただの色ちがいだと思っていた。 わたしの種は 盛り上がった頭部と そこの赤いたてがみが特徴で 一角獣と名づけられた人工の変異種だそうだ。ごくたまに わたしのように 隔世遺伝であらわれる。」

p.22
ジェルミ「あなた 地鳴りを聞いたのね? アデラド。」
レグ「おい!熱くないか。こんなに湯をかぶって。」
二代目アディ「別に・・・。」
レグ「医務室だ! おいで アディ!」
無名1「思い出したぞ!一角獣種は 視聴覚範囲が我われと少しずれてるのだった!」
無名2「遅い!」

p.28
レグ「たそがれのムンゼル というのは当たっているな。こう見ると淡く青くぼやけていて。」
二代目アディ「私の目には 明るく遠くまで見渡せる。」
レグ「・・・ああ。」
レグ(内面)「彼女の目には 暗い光も明るく見える。赤外線の波長まで見えるはずだ。」

p.44-45
チャイ「さあ いいかね?宇宙旅行用に開発された一角獣種がだな? なぜ土星に帝国をつくれなかったと思う? 問題は はきけだ! パンはあるのに はきけで食べられなくなり きまじめに仕事をつづけ コロコロ餓死したんだ。 拒食症だが きみの種は ストレスからすぐこれにかかりやすい。おまけに動きはにぶいし 注意力はない。ああ世話がやける。」
ジェルミ「前も病気にかかったのよ。 3年前はね わたしたちは みんなであなたにとまどってたのよ。 一本調子のしゃべりかた。泣き笑いも 怒りもしないお人形・・・。 どう接していいやら・・・。 誰もがあなたを無視してた。 あなたもわたしたちを無視してた。 そしたらレグが気づいたの。あなたが15日間なにも食べてないって。 あなたはちゃんと対応していたのね。感情もある。 ただ 表現のサイクルが ふつうの人とちがうので・・・ふつうに泣き笑いをしないので・・わたしたちにはよくわからないのよ。」

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「4/4 カトルカース」

p.58
モリ「マム 一角獣種ってなにさ」
ママミア「百年以上前につくられた改良種よ。ほら 核戦争のころね。わたしが鳥の改良種をつくってるように 人間をつくった時代があったのさ。 その子孫だろう。いまどき純血種ってのはめずらしいねえ。」

p.60
サザーン博士「またか。いや しょっちゅうなんだよ。走りだすと止まれないんだ。不器用で。」 

p.61
サザーン博士「だいたいこの種は 環境不適合型で短命なんだ。」

p.61-62
モリ「赤いオーロラが出てんですよ。上のほう。」
サザーン博士「---赤いオーロラ? 暗くて見えんがね。一角獣種は赤外線光波が見えるんだ。------赤外線オーロラが出てるんだろう。」

p.65-66
サザーン博士「気のせいさ。一角獣種には感情などないんだよ。」
モリ(内面)「!」
サザーン博士「もともと コンピューターを扱うために開発された種なのだ。感情がなければミスもない というわけさ。」
(中略)
サザーン博士「人は何からできているか? それは四つの断片よりなる。理性 知性 経験 これらはいいさ。 最後に感情! 非論理的 非生産的な感情! しかるに一角獣種はなにからできているか?数式 記録 記憶 記号!彼らはすばらしき未来人だ!」

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「X+Y」

p.105
ザーズ「なんでもないんだ。ただ このゆーずーのきかない一角獣種が---。」

p.108
メリメ「ここがあなたの部屋?」
タクト「そう 彼の。」
(中略)
メリメ「(前略)そのへんな三人称だけのしゃべりかたも慣れるわ。」

p.114
ジョージ「うううむ!わしは彼を7歳のときから知ってるが いまだにようわからん。」
アンアン「ああいう無反応って一角獣種特徴なの? おしゃべりザーズと比べて単におとなしい子だと思ってたのに・・・。」
ジョージ「らしいが・・・。 よくわからん。隔世遺伝の珍種だからなァ 一角獣種というのは。」

p.138
モロゾフ先生「一角獣種が かなり多く頭から出している波長に アルファ波があります。 これは5歳未満の幼児に多く見られるものですが モリはこのアルファ波によく反応します。」

p.149
モリ「おまえに なにが"わかる"んだ! おまえは少しでもオレの気持ちを"考えて"いるのか! "考えて"ない! "わからない"ことは "考えない"からな。」
タクト「・・・ なにを怒っているのだ。モリ。」
モリ「おまえがオレをふったからだ!」

p.154
ザーズ「タクトは ウソや冗談がいえるほど 情緒教養度高くないんだ。」

p.155
ザーズ「あせんなよ。あいつは人見知りするんだ。一角獣種ってそうなんだよ。」

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少し補足を。

物語の舞台がいつなのかはわからないが、「一角獣種」が作られた21世紀初頭から100年以上後の時代。人々の間では、その記憶も薄れている。

その21世紀初頭には核戦争があったらしいが、本連作では語られるだけで、ストーリー展開に影響を与えない。

21世紀初頭以降、「一角獣種」が新たに作られることはなく、現在「一角獣種」という種族が独立して存在しているわけではない。

「一角獣種」は、他の地球人類と同一種(重要な遺伝子は完全に一致)。なので、他の地球人類とは普通に婚姻・生殖が可能。物語の現在は、他の地球人類と婚姻が進み、「一角獣種」というまとまった種族は存在していない。しかし隔世遺伝により、時おり「一角獣種」の特徴を持つ子が生まれてくる。

ある時、「一角獣種」たちは土星に帝国を作ろうとして失敗したらしい。映画「ブレードランナー」の「レプリカントの反乱」みたいだ。

遺伝子操作の目的は、情緒を抑制し、論理的な作業の効率を上げ、人為的ミスを減らすこと。集中力がすごい。

遺伝子操作の副作用として、身体的な特徴(頭部中央が盛り上がり、その部分の髪が赤くなるため、トサカのように見える)、感覚異常(赤外線が見える、聴覚に優れる、温度変化に鈍感)、運動能力異常(にぶい、反射的な運動が苦手)、ストレスに弱く拒食症になりやすい、などの特徴がある。これは、遺伝子操作で意図して発露させたものではない。

なんといっても、精神面で、情緒(泣く、笑う、怒る)・表情の変化に乏しい、相手の考えていることが想像できない、従って表面上は、常にぶっきらぼうな態度、相手を傷つけるような発言が多い、何を考えているのかわからない、といった形として現れるのが大きな特徴。そのため、この面で周囲と軋轢が生じやすい。

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萩尾先生のすごいところは、「一角獣種」の歴史だけで1冊分描けるくらいの設定を作っておきながら、これをメインテーマにはせず、重要ではあるがシリーズの背景としてしか使っていないところ。

贅沢すぎる!

おそらく、もっともっと詳しい設定があるはずだ。もったいないなあ。マンガじゃなくて小説でもいいから、これまでの一角獣種の歴史=「一角獣種サーガ」を残してほしいなあ。

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この「一角獣種」の性格、発達障害の一種「アスペルガー症候群(AS)」に似ているということで評判なのだが、私も読んですぐそう思った。

その話題は最後にするとして、次回は各エピソードを見ていこう。