2017年3月29日水曜日

府中市美術館 「歌川国芳 21世紀の絵画力」展

に行ってきました。

・府中市美術館・主催 「歌川国芳 21世紀の絵画力」展. 2017年3月11日~5月7日. 府中市美術館, 府中.



・府中市美術館 > 企画展 > 企画展一覧 > 歌川国芳 21世紀の絵画力(更新日:2017年2月27日)
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/kikakuten/kikakuitiran/kuniyoshi21.html

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ここは毎年春に日本画の展覧会を開いてくれるので、いつも楽しみ。

今年は「国芳」だ!やったー。楽しいぞ。

これは図録

・府中市美術館(金子信久+音ゆみ子)・編著 (2017.3) 『歌川国芳 21世紀の絵画力』. 287pp. 講談社, 東京.


ブックデザイン : 島内泰弘デザイン室

一般書店でも販売されるようです。

国芳の絵の有名どころ、少なくとも私レベルが知っているような絵はほとんど展示されている。もちろん図録にも収録。この充実ぶりはちょっとすごいよ。

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最初に展示されているのは、国芳の名を世に轟かせた「通俗水滸傳百八人」シリーズ。

その勇ましさにも圧倒されるが、一番気になったのは、その中の「通俗水滸傳百八人一個 金槍手徐寧」(図録p.17 図版1-17)。

見得を切る徐寧ももちろん素晴らしいのだが、斬られて落ちる鳥をその傍らで指差す二人がとても気になる。

これは浮世絵のタッチとは異なり、細い線で写実的に描かれている。西洋絵画のうちでも、銅版画(エッチング)のタッチである。

国芳が西洋銅版画からヒントを得ていたのは知っていたが、こんな駆け出しの頃(1820年代末、国芳30歳位)から西洋絵画を取り入れていたとは知らなかった。収穫だ。

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展示テーマに「何が私たちの心をつかむのか」というのがあったが、そりゃあもう、おもしろいんだもの!つかむつかむ。

現代人が見ても充分面白いんだから、当時の人々は狂喜したろう。特に役者絵なんてのは、今の芸能人の映像みたいなもんだから、我々の百倍楽しんでいたはず。

老中・水野忠邦様のしみったれた「天保の改革」でかけられた規制をくぐり抜けての、猫に模した役者絵、落書きに模した役者絵など、トンチの効いた絵に、お役人様はホゾを嚙み、江戸っ子は快哉を叫んだことであろう。

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特に気に入ったのは、団扇絵シリーズ(図録pp.148-157、図版2-10~18)。

うちわの中央に大きく描かれた役者絵。大胆かつバランスもよく、とてもモダンなデザインだ。一つほしい。

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展覧会は前・後期に分かれており、4月11日から後期。人気の高い「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」「宮本武蔵と巨鯨」などは後期展示になる。

また行くぞ。入場券の半券を持って行くと、入場料は半額になるし。

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これは出口に置いてあった「国芳スタンプ」12種。これもなかなか楽しい。蛙の子を連れた金魚の絵、大好き。

国芳は、子犬や猫の絵も得意でたくさん残している。犬猫ファンも必見の展覧会だ。

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2016年5月28日土曜日 府中市美術館 「ファンタスティック 江戸絵画の夢と空想」展と岡田屋鉄蔵 『ひらひら』

でも挙げたように、国芳一門を取り上げたマンガがあるのです。

・岡田屋鉄蔵 (2011.12) 『ひらひら 国芳一門浮世譚』. 182pp. 太田出版, 東京.
← 初出 : web連載空間 ぽこぽこ. 2011年2月~11月.
http://www.poco2.jp/


装丁 : 芥洋子

もう一度紹介しておきましょう。というのも、美術館の人と話をしたら、このマンガの存在を全くご存じなかったから。たぶん一般にも知名度は低いんだろうな、ということで。

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主人公は、お武家から弟子入りした、架空の絵師・伝七(歌川芳伝)。しかし、作者が本当に描きたかったのはやはり国芳自身だろう。

国芳はかなり豪快なオヤジに描かれている。まあ、大体自分がイメージする国芳とぴったりで気に入っている。


同書, p.179.

本編では使われなかったが、この絵いいですね。

これの元絵は「勇国芳桐対模様(いさましくによしきりのついもよう)」(図録pp.142-143、図版1-148)だ。

国芳一門の行列の先頭で、音頭を取る国芳の後ろ姿。これを左右ひっくり返して、前向かせたのが上の絵になる。本当はものすごくカラフルで豪奢な羽織。これはぜひ展覧会で現物を見てほしい。

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実は、岡田屋鉄蔵さんは2016年に崗田屋愉一と改名。

そして上記『ゆらゆら』の続編、今度は国芳自身が主人公のマンガが発売になります。

・崗田屋愉一 (2017.3) 『大江戸国芳 よしづくし』(ニチブンコミックス). 232pp. 日本文芸社, 東京.

こちらも参考にどうぞ。

・日本文芸社 > コミックス > 内容紹介 ニチブンコミックス 大江戸国芳よしづくし 崗田屋 愉一 著
http://www.nihonbungeisha.co.jp/books/pages/ISBN978-4-537-13563-3.html
・崗田屋愉一/岡田屋鉄蔵/OKDY(as of 2017/03/28)
http://okdy.sakura.ne.jp/top.html
・Okadaya Tetuzoh -OKDY- @YuichiOkadaya facebook(as of 2017/03/28)
https://www.facebook.com/YuichiOkadaya/

美術館の売店で販売するにはそぐわないかもしれないが、国芳入門としてこういうマンガを読むのもいいと思うんだがな。府中市美術館にも是非置いてほしい。

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さて、4月11日以降また行くのが楽しみ。安いし(大人700円)、皆さんも是非どうぞ。

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(追記)@2017/04/27

「国芳展」2回目のお話はこちらで↓

2017年4月24日月曜日 府中市美術館 「歌川国芳 21世紀の絵画力」展 2回目

2017年3月26日日曜日

「フイチンさん」の娘たち (2) 近藤聡乃 ウラモトユウコ

明らかに「るきさん」の絵を意識した作品がこれ↓

・近藤聡乃 (2015.6~2016.11(続刊)) 『A子さんの恋人 1~3(続刊)』(BEAM COMIX). KADOKAWA, 東京. 
← 初出 : ハルタ, 2014-APRIL~2016-OCTOBER(連載継続中).


装丁 : 芦田慎太郎(芦田デザイン事務所)

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・natalie ポップカルチャーのニュースサイト ナタリー > コミックナタリー > 特集・インタビュー > 唐木元・取材・文・撮影/近藤聡乃インタビュー (2015年6月15日)
http://natalie.mu/comic/pp/akosan

でも話しているように、近藤先生は「るきさん」が大好きで、そういうマンガを描いてみたと思っていたそうなのだ。


同書1, p.19

絵を見ると、「るきさん」よりも、もう少し後、高野先生があちこちで描くようになった、イラストというか軽いカットの方に似ていますね。

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それにしても達者な絵だ。1960年代の「略画集」に載ってるような、軽いタッチなんだが、この流れるような絵でどんどん読まされてしまう。

アックス(青林工藝舎)に載っていたころも時々見ていたけど、当時はもっと黒っぽい淫靡な絵を描いていた。佐伯俊男や丸尾末広あたりの影響が垣間見られる絵でした。

それがいまや正反対、「るきさん」の絵なんだから驚く。「A子さん」以外にこの人の本持っていないんだが、どういう経緯で今の絵に至ったのか、昔の本も探して読んでみよう。

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ニューヨーク(NYC)滞在からとりあえず一時帰国したマンガ家A子が、日本の元カレA太郎とNYCに置いてきた彼氏A君との間で揺れ動く、という、いつもの自分ならとうてい興味の持てないストーリー。

なんだか、20年位前なら柴門ふみあたりが描きそうな話だ。

それがこの絵で、コメディタッチで描かれるとどんどん読めてしまうから不思議。もっとも、そのテーマは酒の肴みたいなもんで、実際はK子+U子の悪友二人とのダベリ・コントを描くのが主になっています。

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困ったことに、登場人物が意地の悪い連中ばかりで、全然感情移入できない!これは読んでて辛い・・・はずなんだが、面白いのでどんどん読めてしまうという、このアンビバレンス。

主人公のA子は優柔不断で、なぜモテモテなんだかさっぱりわからない(「ふたりはもててるとは言わないわよ」U子)。

あー、これはあれだ。少女マンガによくある、どこが魅力的なんだかさっぱりわからないガサツな女子が、なぜか王子様的な男子(複数)にドカスカ言い寄られるという・・・。まあ作者自身の主人公への投影と願望が多分に入ったものなのだろう、とは思うけど・・・。

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まあ、とにかくまだ続くようだから、4巻も読んでみよう(連載で追う気まではない)。

それにしても、「るきさん」風の絵でこんな話を描く人が出てくるとは、あらためて日本マンガの底力を思い知りました。

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続いての「フイチンさんの娘」はコレ↓

・ウラモトユウコ (2014.2) 『彼女のカーブ』. 174pp. 太田出版, 東京.
← 初出 : (2013~14) 彼女のカーブ 1~10. マンガ・エロティック・エフ, vol.75~84.


装幀 : 名久井直子

表紙がエッチくさいですが、中身は全然エッチではありません。本屋で恥ずかしがらずに買ってください。

まあ、「フェチ」がお題の連作集ですが、ほんとに「軽くフェチ」という程度。中高生ものも3本あるし。

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近藤聡乃よりは意識的ではなく、「るきさん」風の絵は味付け程度の使い方。絵の基本は、志村貴子あたりの絵にあると見た。しかしザザッと書き飛ばしたようにみえる部分では、「るきさん」的なタッチが出る。


同書「桶屋さんのデコルテ」, p.6

この桶屋さん大好き(どうでもいいが、巻末番外編では桶谷さんになってる、実は別人なのか?)。

他にも「キミの脚」など、どれもおもしろい。男にも女にもおすすめできる一冊です。

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・ウラモトユウコ (2014.6) 『かばんとりどり』(ZENON COMICS). 175pp. ノース・スターズ・ピクチャーズ, 武蔵野.
← 初出 : WEBコミックぜにょん, 2013年6月~2014年5月
http://www.zenyon.jp/


デザイン : 須永薫 AFTERGLOW

これも短篇連作集です。こちらは「かばん」がお題。

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同書「リモコンの話」, p.15

この辺もいいですね。

この人、結構ねっちりした女子を描くのも好きで、その時は丁寧な筆致なんだが、こういう絵の時は「達者」というより、まだ「単に雑な絵」に見えてしまう。絵の修業はまだまだ、と言えるかもしれない。

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絵はかわいいし、話もどれも面白いので、今後も楽しみな作家だ。上の2冊のように、お題を出されて、それにきっちり応えられるストーリー展開能力はたいしたもの。

活字本の表紙とかイラストでもひっぱり凧です。あと、中学生ものがすごくうまいのも特長。

最新作の「ハナヨメ未満」は設定が強引すぎて、あまり入り込めなかったが。また、最近の絵は「るきさん」風からどんどん離れて行っています。

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この二人まで行くと、「フイチンさん」を直接感じ取ることはできないかもしれないが、上田としこの洒脱な絵と作風が、少しずつ形を変えながらもしっかり受け継がれている、と思うとうれしくなります。日本マンガの層の厚さを感じてください。

2017年3月25日土曜日

「フイチンさん」の娘たち (1) よし子ちゃん モコちゃん 高野文子「るきさん」

上田としこの「フイチンさん」、そしてそのバリエーションとも言える「お初ちゃん」は、その後の日本マンガ、日本アニメに少なからぬ影響を与えています。

まず影響が見られたのはTVアニメの世界。

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・<TVアニメ> 横山光輝・原作, 東映動画・制作 (1966.12~1968.12) 魔法使いサリー(全109話). NETテレビ.

サリーのクラスメートである「よし子」ちゃん(通称:よっちゃん)。知らない方はこちら↓でどうぞ。

・YouTube > よっちゃんの視力検査 (uploaded by EGO Channel, 2014/03/03)
https://www.youtube.com/watch?v=rdgDw2rDSTw

三つ子のお姉さんのあの子です。面長で背が高く、気が強く活発。表情豊かでよく動く。そして特徴的なのは、やっぱり「お下げ」。

これは確実にフイチンさん/お初ちゃんの影響があるでしょう。当時まだ「お初ちゃん」は連載中です。

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「魔法使いサリー」の後続番組

・<TVアニメ> 赤塚不二夫・原作,東映動画・制作 (1969.1~1970.10) ひみつのアッコちゃん(全94話). NETテレビ.

にも「フイチンさんの娘」が登場します。やはりアッコちゃんのクラスメートの「モコちゃん」です。

知らない方はこちらで↓

・大場★打太/いくつになってもアニメファン 略してINAF > Deep Closet > NEXT > 魔法少女・変身少女・戦うヒロインたち… ひみつのアッコちゃん(07/25/2004更新)
http://inaf.2-d.jp/C_d/___95i/akko.html

よし子ちゃんにくらべると少し地味かもしれませんが、やはり気が強く活発。そしてもちろん「お下げ」なのです。

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実は原作のマンガでは、よし子ちゃん、モコちゃんとも、それほどフイチンさん的ではありません。モコちゃんなどは、マンガではツインテールですらないし。

・しら/こんなんみっけ 穴子さんの年齢は27歳! > 横山光輝「魔法使いサニー」 2009/10/26(月) 午後 6:49
http://blogs.yahoo.co.jp/y_sirais/8743548.html

・赤塚不二夫公認サイト これでいいのだ!! > マンガ > ひみつのアッコちゃん > キャラ紹介 (as of 2017/03/23)
http://www.koredeiinoda.net/manga/s_mokochan.html

これは、私は「フイチンさん」、「お初ちゃん」の動きを感じさせる絵が、マンガ家よりもアニメーターの琴線に強く触れたため、彼らがアニメ版にフイチンさん・キャラを持ちこんだのではないか、と推察しています。

あの絵を見たら、アニメーターなら絶対動かしたくなりますよね。

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実はその通り、「フイチン再見!」最終回にも描かれていますが、「フイチンさん」はアニメ化されたことがあるのです。

・<劇場アニメ> 上田としこ・原作, 湖山禎崇・監督, アニマル屋・制作 (2004.3) 『フイチンさん』. 55分. あにまる屋自主配給.
→ <DVD> (2006.5) グッドシップス, 東京.

参考:

・アニメ制作会社 エクラアニマル > 活動 作品紹介 > フイチンさん(as of 2017/3/23)
http://www.anime.or.jp/katudou/fuitin.html

予告編を見る限り、フイチンさんは頭身も小さくなり、上田「フイチン」とはちょっと違った印象を受けますが、美しいハルビンの風景など、評価は非常に高いアニメです。

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アニメではないが、石黒正数「それ町」の針原さんも、どうも「よし子ちゃん」や「モコちゃん」の系列に属するような気がします。もはやお下げですらないけど。

彼女らに共通するのは、「主役ではなく脇役」であること。子供向けアニメとはいえ、いつも楽しい話ばかりではありません。時には悲しい話やシリアスな話もあります。そういった場面もある連続アニメでは、「フイチンさんキャラ」はどうしても脇役止まりになってしまいます。

「フイチンさんキャラ」を主役として動かすには、相当な力量が必要なことがわかります。上田先生のすごさはそこなのです。

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さて、その「サリー」「アッコちゃん」以後、しばらくは「フイチンさんキャラ」というのは思い浮かばないのですが、1980年代に突然変異的に「フイチンさん」的な絵が現れます。

それがコレ↓

・高野文子 (1993.6) 『るきさん』. 120pp. 筑摩書房, 東京.
← 初出 : Hanako, 1988年6月2日号~1992年12月17日号.
→ 再発 : (1996.12) (ちくま文庫). 筑摩書房, 東京.
→ 再発 : (2015.6) (新装版). 126pp. 筑摩書房, 東京.


装幀 : TAKE ONE(鈴木哲也)

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お下げでこそなく、また動きもそれほどではないが、この線はまさに「フイチンさん」「お初ちゃん」です。


同書, p.103

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当時、高野先生は「フイチンさん」(おそらく講談社漫画文庫版)にはまっていたらしく、

・<TV番組> NHK (2000.5.2) BSマンガ夜話 第14弾 第2夜 るきさん 高野文子. NHK-BS2.

では、いしかわじゅん氏が、高野先生のダンナ・秋山協一郎氏による「最近、うちの奥さん、「フイチンさん」ばっかり描いてるんだよ」という証言を紹介しています。これはおそらく「るきさん」が始まる前の話だと思われます。

この人は、どんどん絵柄を変えていく人で、前単行本(1987.8)『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』では、1950年代USAアクション映画風の絵に変わり、びっくりさせていました(違和感もありまくりでしたが)。

それが次作品『るきさん』では、また大きく変わり、「フイチンさん」ですからね。びっくりしっぱなしです。

「るきさん」以降は、この頃のシンプルな線が基本になり、初期の刺さるようなシャープな線ではなくなりました。

「るきさん」については、カラーコーディネートやデザインの実験などいろいろ語りたくなるのですが、実はあまり深読みする必要はありません。そのまま楽しめばいい作品だと思っています。

「るきさん」については、いつかまた語る機会があるでしょう。

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この後、高野先生は、

・高野文子 (1995.7) 『棒がいっぽん』(MAG COMICS). 204pp. マガジンハウス, 東京.


装丁 : 藤井進

という単行本を放ちます。これがまたすごい作品ばっかり。

特に

・高野文子 (1995.7) 奥村さんのお茄子(単行本版). 『棒がいっぽん』所収. pp.137―204. マガジンハウス, 東京.

は、驚天動地の怪作でした。これもいくらでも語りたくなる作品なのですが、今回は先へ進みましょう。

その「お茄子」に出てくるスーパーのおねーさんも、「フイチンさん」っぽいのです。


同書, p.194

こういうコミカルな動きを描くようになったのも「るきさん」以降。

この後、高野先生はまた別の絵になっていくのですが、その辺の話題もいずれまた。

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初期の高野作品は、岡崎京子や桜沢エリカといった女性マンガ家に大きな影響を与えていますが、「るきさん」周辺の作品では、その下の世代の女性マンガ家たちにも大きな影響を与えています。

彼女らの作品は、「フイチンさんの娘」というよりは「るきさんの娘」であり、「フイチンさんの孫娘」といった感じなのですが、系譜として連続するものであることは間違いありません。

以下次回

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(追記)@2017/03/26

「るきさん」を連載していたHanako(週刊誌)のマンガ部門は、高野さんのダンナ秋山協一郎氏が編集を担当していたのです。「るきさん」は、吉田秋生「ハナコ月記」、江口寿史「ご近所探検隊」、しりあがり寿「O.SHI.GO.TO.」との毎週交代での連載。

その後、マガジンハウスは1994年に「COMICアレ!」というマンガ雑誌を発行(1994/05~1997/03)。その編集も秋山氏(実質的に編集長)。「お茄子(雑誌版)」はもともとは「アレ!」で発表されたものでした。

そこで発掘されたのが、マガジンハウスの旧名・平凡出版・刊の雑誌「平凡」に連載されていた「お初ちゃん」でした。復刻「お初ちゃん」は、しばらく「アレ!」にも連載されていたのです。

そして、抜粋とはいえ単行本化されたのは、本当によかった。

高野先生に「フイチンさん」を薦めたのも秋山氏だったといいますから、上田としこ「フイチンさん」「お初ちゃん」と「るきさん」を繋ぐ鍵は、実は秋山氏だったことになります。

2017年3月21日火曜日

村上もとか 「フイチン再見!」完結 と 上田としこ 『フイチンさん』『お初ちゃん』

・村上もとか (2013.3~2017.3) フイチン再見(ツァイチェン)!. ビッグコミックオリジナル, 小学館.


ビッグコミックオリジナル, no.1287(2017年4月5日号), p.73

4年に渡る連載がついに最終回を迎えました。村上先生、お疲れ様でした。

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この作品は、第二次世界大戦後すぐから活躍してきた女性マンガ家・上田としこ(とし子/トシコ)先生の生涯を描いた伝記マンガです。

実は単行本は、まだ全然買っていない。この作品は、全部まとまってから読みたかったのだ。最終第10巻が出たら買い始める。楽しみだなあ。

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作中の上田先生は、村上先生お得意の「濃い顔美人」に描かれています。写真を見るとそんなに濃い顔でもないような気がしますが、村上先生にはそう見えたのでしょう。美人なのは間違いなく、そして長身。すごくモテる方だったのは当然でしょう。

会ってみたかったなあ。

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上田先生の代表作は、なんといっても「フイチンさん」。書誌から見ていこう。

・連載 : 少女クラブ,1957年1月号~1962年3月号, 講談社.

・単行本1a : 『フイチンさん 1』. 1958年, 講談社.
・単行本1b : 『フイチンさん 2』. 1958年, 講談社.

・単行本2 : 『フイチンさん』(虫コミックス). 1969年, 虫プロ商事.

・単行本3a : 『フイチンさん ぼっちゃんのお相手の巻』(講談社漫画文庫). 1976年11月, 講談社.
・単行本3b : 『フイチンさん 黒ゆりの花をさがせの巻』(講談社漫画文庫). 1977年2月, 講談社
(おそらく1a~bを復刻したもの)

・単行本4a : 『フイチンさん 1』(漫画名作館特選シリーズ). 1992年4月, アース出版局
・単行本4b : 『フイチンさん 2』(漫画名作館特選シリーズ). 1995年12月, アース出版局
・単行本4c : 『フイチンさん 3』(漫画名作館特選シリーズ). 1995年12月, アース出版局

・単行本5a : 『フイチンさん 1』(コミックス・オンデマンド). 2009年, パインウッドカンパニー.
・単行本5b : 『フイチンさん 2』(コミックス・オンデマンド). 2009年, パインウッドカンパニー.
・単行本5a : 『フイチンさん 3』(コミックス・オンデマンド). 2009年, パインウッドカンパニー.
(おそらく4a~cを復刻したもの)

・単行本6a 『フイチンさん 復刻愛蔵版 上』(BIG COMICS SPECIAL). 2015年6月, 小学館.
・単行本6b 『フイチンさん 復刻愛蔵版 下』(BIG COMICS SPECIAL). 2015年7月, 小学館.

調べてみたら、意外に出版機会は多かったなあ。が、これが一度絶版になると、なかなか見かけなかったのですよ。

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それが2015年、村上もとか「フイチン再見!」の連載開始をきっかけに、ついに完全復刻。

・上田としこ (2015.6) 『フイチンさん 復刻愛蔵版 上』(BIG COMICS SPECIAL). 486pp. 小学館, 東京.


デザイン : セキネシンイチ制作室

・上田としこ (2015.7) 『フイチンさん 復刻愛蔵版 下』(BIG COMICS SPECIAL). 486pp. 小学館, 東京.


デザイン : セキネシンイチ制作室

うれしかったですね。全話完全収録はこれが初めてだし。

この頃、小学館クリエイティブが、水木しげるなどの貸本マンガ復刻でいい仕事をしていたが、これは小学館本体からの出版。これもすごくいい仕事。

小さい本屋で「上」を見つけ、すぐ買った。「上」が売れたら当然「下」も並べるだろうから、誰も買わないと困るだろう、ということで、「下」も無理してそこで買ったよ。まあ、その辺で『フイチンさん』を買うようなのは、私くらいだろうし。

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「フイチンさん」は、旧・満洲ハルビンのお話。これが、登場人物はほとんど中国人なのだ。

今なら、左翼の人たちが「偽満洲国を美化するマンガなど、とんでもない。中国人の描き方も戯画化されており、差別的だ」(実際は中国共産党史観の垂れ流し)などと抗議しそうですが、連載当時(1957~62年)は、まだその辺おおらかだったんですね。

ハルビン市の大金持ちリュウタイ家の門番の娘フイチンが、お屋敷に奉公に出て、起こす騒動の数々を描く。


『フイチンさん 復刻愛蔵版 上』, p.40

どうです。見ているだけで楽しい気持ちになりませんか?元気が出てきませんか?

「元気」、「溌剌」、「躍動的」を絵にすると、このフイチンさんになるんじゃないでしょうか?

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おそらくこの画風は、20世紀前半のUSAアニメの影響が強い、と見ました。このオーバーアクションとはっきりした動作は、「トムとジェリー」とかディズニーの動きですよね。

そして日本のマンガにありがちな、ジメッとしたところがないのも上田マンガの特徴。それがどこから来たものなのかは、「フイチン再見!」を見れば、上田先生の育ちからくるものであることがよくわかります。

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「フイチンさん」はお下げ髪、今でいう「ツインテール」なのですが、その「お下げ」も演技をします。これが実に楽しい。

びっくりした時は逆立ち、うれしいときはひゅんひゅん舞います。上田マンガ独特の表現。今も誰か真似すればいいのに。

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私が持っている上田マンガはもう一つあります。

・上田としこ (1994.11) 『お初ちゃん』(アレ!コミックス). 207pp. マガジンハウス, 東京.
← 初出 : 平凡, 1962年11月号 1958年2月号(修正@2017/03/21)~1969年4月号.


装丁 : 藤井進

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「フイチンさん」連載終了後すぐに始まっていますね。と並行して連載されています(修正@2017/03/21)。上田先生のもう一つの代表作と言っていいでしょう。

主人公の「お初ちゃん」は、フイチンさんの生き写し。ルックスも性格もそっくりです。お下げが演技をするのも同じ。これがやっぱり楽しいですよね。


同書, p.66

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この『お初ちゃん』は6年半 11年(修正@2017/03/21)に渡る月刊連載の中から、約半数 約3分の1(修正@2017/03/21)の42編を収録したもの。未収録作がまだまだあるのだ。

読みたい。ぜひ読みたい。これを機に、是非こちらも「完全復刻」してほしいもの。

もうマンガから撤退して久しいマガジンハウスに期待するのは酷だから、ここはまた小学館さんに頑張ってほしい。よろしくお願いします。

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さて、この上田作品、今見るとさすがに「絵柄が古い」と思う読者がいるかもしれない。私は全然古くなっていないと思いますけどね。

その一方で、「あれ?この画風、最近どっかで見たような気がする」という人もいるかもしれません。

そうです「上田マンガ」は上述の「フイチン再見!」だけではなく、今も日本マンガに影響を与え続けているのです。

次回はそのお話です。

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(追記)@2017/03/21

『お初ちゃん』の書誌も作っておきましょう。

・連載 : 平凡, 1958年2月号~1969年4月号, 平凡出版.
・単行本1 : 『お初ちゃん』. 1961年9月, 東邦漫画出版社.
・単行本2 : 『お初ちゃん』(虫コミックス). 1968年, 虫プロ商事.
・単行本3 : 『お初ちゃん』(アレ!コミックス). 1994年11月, マガジンハウス.
・単行本4 : 『お初ちゃん』(コミックス・オンデマンド). 2010年, パインウッドカンパニー.
・電子書籍1 : 『復刻版 お初ちゃん』. 2013年, パインウッドカンパニー.

私が持っているマガジンハウス版とは収録作が違う本もあるよう。全話読みたいなあ。

2017年3月20日月曜日

白浜鴎 『とんがり帽子のアトリエ 1』

超絶絵のうまい人 白浜鴎(しらはまかもめ)の2作目。

・白浜鴎 (2017.1) 『とんがり帽子のアトリエ 1』(モーニングKC-2690). 206pp. 講談社, 東京.
← 初出 : 月刊モーニングtwo, 2016年9月号~2017年1月号.


装丁 : SAVA DESIGN

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一作目『エニデヴィ』は1巻だけ読んだ。「絵がクソうまいなあ」とは思ったものの、話が肌にあわず、2巻以降は読むのを見合わせてる。

「とんがり帽子」も、魔法使い見習いの少女ココの成長物語、という具合で、必ずしもオッサンが読むようなテーマじゃないのだけど、絵が気になって買ってしまった。

そもそも、これが少女誌ではなく、青年誌に載ってるあたりが、現代日本マンガ~サブカルチャーの屈折したところではあるのだが・・・。

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同書, p.13

さあ、これがネット上でも話題になった、コマをまたいで風景が連続しているページです。うまいというより、よく考えた!また、それを実現できる画力のすごさよ。

この技法は、今後あちこちで真似されるだろうけど、それは仕方ない。大友克洋にしても、高野文子にしても、1980年頃に発明した技法は、いまやマンガのスタンダードになっているのだし。技法を「発明した」というだけでも、マンガ史に白浜鴎の名前が残るのだ。すごいことなんですよ。

こうして見ると、もういきなり、この画力はマンガに必要なのか?というくらいうまい。どちらかというと、マンガ家の絵というより、建築家の絵だ。

しいていえば、星野之宣とも似た絵の巧さで、線や動きはちょっと硬いかな。

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このマンガの世界観は、西洋おとぎ話の魔法の世界で、ココをはじめとする見習い少女たちも皆とんがり帽子をかぶっている。普通だったら、ないなー、こっぱずかしいよ、オッサンには。

異世界の描写も、わりに異常なところが少ない、というか定形を踏襲している。ダダ山脈も期待したのに、そんなに驚かなかったなあ。

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全体的に自分の好みのマンガではないのだが、でも2巻も買うぞ。というのも、脇役のアガットがとてもいいから(笑)。


同書, p.180

アガットは、ココの先輩魔法使い見習いで、暗くてとてもイジワル。でも、そのクールな佇まいが美しいですねえ。

なあに、こういう初期の悪役は、巻が進めば進むほどどんどん「イイ人」になっていくのだ。だから心配なし。

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というわけで、絵のうまさだけをほめることになってしまいましたが、これで異世界の描写にもっと意外性が出てきたら、とても面白いマンガになる、と思う。

期待しましょう。さっきも言ったけど、アガットが見たいので、また買うぞ。

2017年3月13日月曜日

ラーフル分布地図とラーフルの語源(2) 語源編

今回は語源探索を中心に進めます。

「ラーフル」に関していろいろ語っているwebsiteは多いのですが、まともな論考となると、

・上村忠昌 (2000.8) 「ラーフル」考. 鹿児島工業高等専門学校研究報告, vol.35, pp.69-83.
http://karn.lib.kagoshima-u.ac.jp/handle/123456789/14548
→ 再録 : 上村忠昌 (2007.3) 第三章 「ラーフル」考. 坂田勝 『かごしま弁入門講座 基礎から応用まで』所収. pp.148-174. 南方新社, 鹿児島.

実はこれしかないのです。

しかしこの論文は、ラーフル研究史、分布、語源までひと通り網羅されており、ラーフル研究の出発点となる論考でしょう。

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さて、その語源だが、今のところはっきりわかっていません。

上記論文でも、オランダ語「rafel」をその最有力候補としてあげていますが、決着した、とは言いがたい。

オランダ語「rafel」は、「こすること、撤糸(ホツシ)ニシタル、ほつれ糸、リント布」という意味。

明治前期の学校用品にはオランダ語が当てられていたことから、これを黒板消しの名称としたのだろう、と上村氏は推察しています。

「推察」なのです。直接「黒板消し/拭き」を「rafel」と呼んだ例が見つかったわけではないのです。

明治14年からすでに「ラーフル」という名が現れているそうです。意外に古い。

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オランダ語「rafel」が語源である、という説は、上村氏がはじめて唱えた、というわけではありません。それ以前から黒板消しを製造・販売している文具メーカーがカタログなどでこの説を提唱していました(論拠は不明ですが)。上村説は、この裏付けをとった、という流れと解釈しています。

しかし、カタログにあるスペルでは「rafel」、「larful」などとヴァリエーションもあり、元のスペルもはっきりしていないことがわかります。

上記論文で報告されている1980年代の「ラーフル」商標登録とその取り下げに関するスッタモンダも、すごくおもしろいのだが、ここは先へ進もう。

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上村氏はオランダの学校を訪問した際に、「黒板消し/拭き」についても聞き取りをし、「rafel」説の裏付けを取ろうとしました。

ところが、オランダの学校では「黒板消し/拭き」のことを「rafel」とは呼んでいないのです。日本とほぼ同じ「黒板消し/拭き」を、主に「spons(海綿/スポンジ)」と呼んでおり、上村氏は「rafel」と呼んでいる例を発見できていません。

もちろん、19世紀にはオランダで「黒板消し/拭き」のことを「rafel」と呼んでおり、その時代にモノと名称が日本に伝わった、という可能性は考えられますが、その検証は全く手付かずで、仮説にとどまっています。

検証には、オランダ教育史・文具史について、おそらくオランダ語資料にあたって調べる必要があるでしょうから、かなり大変です。

しかし「ラーフル」=オランダ語「rafel」説を唱える人にとっては、必ずやらなくてはならない仕事でしょう。誰か調べてください。

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ここから先が、私が提唱する「ラーフル」語源の新説。

ラーフル分布地図をもう一度挙げておきます。


『新日本言語地図』, p.65の部分に加筆

「ラーフル類」分布域・鹿児島県では、ほとんど「ラーフル」と呼ばれているのですが、屋久島の「ダーフル」、種子島の「ダフラー」の特異性が気になりました。

日本語にはもともと「ら行」で始まる言葉がないため、「ラ」→「ダ」の変化が容易に生じます。上記の2語もその流れであろうと考えるのが妥当でしょう。

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しかし「ダーフル」というのはどっかで聞いた言葉です。これを見た時から、それがどうにもひっかかっていました。

で、ようやく思い出しました。英語の「duffle/duffel(ダッフル)」です。意味は「起毛した厚手のラシャ」。ラシャは「縮絨した毛織物」のこと。

日本では「ダッフル・コート(duffle coat)」の一部としてしか使われない名詞なので、それを思い浮かべていただくとよいでしょう。あのふかふかした生地のことですね。

「コーデュロイ(corduroy)/コールテン(corded velveteen)」は「duffle/duffel」の中でも、畝(うね)のある生地のことを呼ぶようです。「コーデュロイ・ダッフル・コート」などという使い方もされていますね。

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この「コーデュロイ」を見てさわった時に、「色は違うけど、これ黒板消しの生地みたいだな」とずっと思っていたのです。

事実、黒板消しのあの畝の入ったふかふかした生地はコーデュロイ/コールテンなのです↓

・アオイ(株式会社青井黒板製作所) > アオイのネット通販 > イレーザー/黒板消し > 黒板消し J (ラーフル) コール天 生地(6個入り)
http://www.aoikokuban.co.jp/products/detail.php?product_id=316

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で、私の仮説は、

「黒板消し/拭き」が日本に入ってきた時に、そのふかふかした生地を指して「duffle/duffel」と呼び、それがなまって「ラーフル」になったのではないか?

ということです。

明治14年の資料にはすでに「ラーフル」という表記が出現していますから、もし上記仮説の子音交替が起きたとすれば、導入最初期で、ということになります。

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この仮説に従う場合は、屋久島の「ダーフル」、種子島の「ダフラー」は、「ダ」→「ラ」→「ダ」という二度の子音交替を経てきたことになりますね。

言うまでもなく、この仮説の弱点は、「黒板消し/拭き」を「ダッフル/ダーフル」と呼んだ/でいる例が今のところ確認できないところです。

屋久島/種子島の「ダーフル/ダフラ-」は、この仮説での語源「duffle/duffel」が古くからそのまま伝承されたもの、とは考えていません。ですから、実例として使うことはできません。

この仮説を検証するためには、明治時代の教育関係の資料から「ダーフル」とよんでいる例、黒板消しの生地について言及している記事を丹念に探すしかなさそうですが、今のところ私はそこまでやる気はないです。

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しかし「rafel」説の方も、「黒板消し/拭き」のことをオランダで「rafel」と呼んだ/でいる例を発見できていないのですから、同レベルかもしれません。

ただしオランダ語「refel」説は、以前からメーカーなどが「rafel」と表記しているという事例もあり、すでに複数の支持者がいます。Web上でもこの説を「有力」と取り上げているサイトがほとんどです。

さて、私の「duffle/duffel」説は、その牙城をどれだけ崩すことができるのでしょうか?そもそも、ここは誰も来ないblogなので、この説が広まることは当分ないでしょうが・・・。

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上村論文によれば、「ラーフル」は明治時代には西日本一帯で用いられていた用語らしいのですが、それが徐々に廃れていき、現在は鹿児島県にだけ残っているのです。

なぜ鹿児島県でだけ生き残ったのか?また、なぜ県内で用語に一律に統一がとれているのか?そのあたりの経緯・理由もわかっていません。

一文具販売企業が鹿児島県内の教育機関への「黒板消し/拭き」納入を独占し、その企業が使っていた商品名が「ラーフル」であった、あたりではないか、と推察されますが、わかりません。それなら、あちこちの県でも同様に、もっと「ラーフル」の名が残っていそうではありますが、謎ですねえ。

このように、「ラーフル」というのは謎の宝庫なのです。

日本語方言研究者、文具研究者、明治教育史研究者、鹿児島郷土史研究者あたりが協力して当たらないと、なかなか解けないでしょう。難問です。

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「ラーフル」の話はこれくらいにして、『新日本言語地図』の「こくばんふき」方言調査では、「黒板消し」と「黒板拭き」の分布を把握することもその目的でした。

このエントリーでも、「黒板消し/拭き」と併称していたのはそういうわけです。

その結果は、「消し」系が全国的にやや優勢ではあるものの、顕著な東西対立や周圏分布などは見いだせませんでした。秋田県の「拭き」系独占が結構面白い。

私の実家あたりは「消し」と「拭き」が入り組んでいて、確かに私は「黒板消し」とよんでいましたが、「拭き」という人もいました。これはもしかすると、世代差も考慮する必要があるのかも知れません。

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こういう論文もあります。

・中田敏夫+加古環紀 (2011) 「黒板拭き」に関する用語の変遷. 日本方言研究会研究発表会発表原稿集93回, pp.39-48.

「ラーフル」問題にも関わっていそうで、すごく気になるのですが、残念ながらweb公開されていないので未読。そのうちどっかに探しに行ってみよう。

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それから、方言とは関係ないのだが、この論文もおもしろかった。

・小池清治 (2007) なぜ, 黒板消しで黒板を消せるのか? 格助詞ヲの多様性. (宇都宮大学)外国文学, vol.56, pp.77-83.
http://ci.nii.ac.jp/els/110006555601.pdf?id=ART0008536520&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489242690&cp=

確かに「黒板消し」で黒板は消せない!(笑)

2017年3月12日日曜日

ラーフル分布地図とラーフルの語源(1) 分布図編

・大西拓一郎・編 (2016.12) 『新日本言語地図 分布図で見渡す方言の世界』. xi+304pp. 朝倉書店, 東京.



という本を読みました。高い本なので、買ったわけではありません。もちろん図書館です。

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この本は、調査者100名が2010~15年の足かけ6年に渡り、日本全国554ヶ所で調査に当たり、著者13名が149項目について日本全図に落とし、日本語方言分布図を作成したものです。

すごい労作。今後数十年間は、これが日本語方言分布の基本資料として君臨し続けることでしょう。

個人で買う人は多くないだろうけど、あると非常に便利なので、各自治体の図書館はぜひ購入し、永久に蔵書しておいてほしい本だ。

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この調査の特徴としては、「とかげ」や「長男」といった名詞、「いく・くる」といった動詞、「しおからい」といった形容詞はもちろんのこと、いろんな文法についても分布を調べている点。とてもおもしろい。

たとえば「~に」にしても、「(見)に(行った)」、「(東京)に(着いた)」、「(ここ)に(有る)」、「(犬)に(追いかけられた)」といった具合に、いろんなケースで場合分けをして詳細に調べてあります。

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ひと通り見て、私の出身地(東北地方)の方言は、意外に標準語のバリエーションにカテゴライズされるものが多く、思ったよりも面白くなかった。

でも、「(犬)に(追いかけられた)」などは、「(犬)がら(追っかげらっだ)」と言うのだが、この「から」がなぜか九州にも現れるのだ。

興奮するぜ。というのも、柳田國男が、

・柳田國男 (1930.7) 『蝸牛考』(言語誌叢刊). 149+24+5pp.+pl. 刀江書院, 東京.
→ 再発 : (1980.5) (岩波文庫). 岩波書店, 東京. など多数

で提唱した「方言周圏論」の実例が垣間見れるから。

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「方言周圏論」というのは、ある言葉が時代とともに変遷して行き、それが国家中央(明治以前は京(都))から徐々に周囲に広まっていく、という理論。従って、中央から離れたところには、古い言葉が方言として生き残る。その分布が、中央から同心円上の分布を示す、という理屈だ。

これは、「かたつむり」の方言分布から帰納した理論。

つまり、中央(京)に「デデムシ」、その外には順に「マイマイ」、「カタツムリ」、「ツブリ」、「ナメクジ」と分布し、外(東西の遠隔地)へ行くほど古い言葉が残っている。

詳しくはこちらをどうぞ↓

・堀田隆一/hellog~英語史ブログ > #1045. 柳田国男の方言周圏論(2012-03-07)
http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2012-03-07-1.html

ただし日本列島は細長いので、同心円を細長く切り抜いた分布になる。すなわち東西の離れたところで、似た方言が見られることになる。

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もっとも、この方言周圏論は全然万能ではなく、適用できる方言はそれほど多くないようだ。

しかし時折、この理論がビッタリはまる言葉が見つかる。

1990年頃に朝日放送の人気番組「探偵ナイトスクープ」で一世を風靡した「日本全国アホ・バカ分布」が最も有名だろう。

・松本修 (1993.7) 『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』. 446pp. 太田出版, 東京.
→ 再発 : (1996.12) (新潮文庫). 新潮社, 東京.

これを説明していると、ぜんぜん進まないので、詳しくは本を読むか、あちこちのサイトに概要があるはずなので、そちらをご覧ください。

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さて、今回も「かたつむり」についてももちろん調査されており、ある程度方言周圏論が当てはまる結果ではあるのだが、柳田國男が調べた時代からはだいぶ乱れているよう。

その理由としては、唱歌「で~んでんむ~しむし、か~たつむり~」の全国普及の影響が挙げられている。さもありなん。

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そんなことより「ラーフル」だ!

「ラーフル」ってなんでしょう?知っている人は鹿児島県人!。

これはいわゆる「黒板消し/拭き」のこと。これをどういうわけか、ごくごく局地的に「ラーフル」と呼ぶ地方があるのですよ。ほとんど鹿児島県だけですが。いかにもヨーロッパ系言語の響きなのに「方言」っていうのがおもしろいですよね。

鹿児島県人の中には、まさか「ラーフル」が方言だとは思いもよらず、県外に出てから方言と知って驚く、というケースも多いようです。

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この「ラーフル」が使われているのは、主に鹿児島県だけのようだ、というのはかねてより言われていたことなんですが、これをきっちり調査で確かめたのは、今回が史上初です。


同書, p.65の部分に加筆

「ラーフル」研究(笑)にとっては、エポックメイキングな調査結果なんですよ!。

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まあ、見事に鹿児島県におさまってますね(笑)。屋久島「ダーフル」や種子島「ダフラー」はちょっとなまってますが、奄美諸島もちゃんと「ラーフル」です。

鹿児島県の範囲にきっちり収まっていること、奄美にはあって沖縄には全くみられないことから、第二次世界大戦後の教育制度の枠内で生じた現象であることが推察できます。

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しかし、西日本各地にポツポツ「ラーフル」の飛び地があります。これは何でしょうか?

上掲書にはその考察はないのですが、これはおそらく、鹿児島出身の教師が各地に散らばって、そこで広めたんではないか、と私は推察しています。

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長くなったので、「ラーフル」の語源については次回。新説もあるぞ!

2017年3月6日月曜日

小坂俊史 『遠野モノがたり』の座敷童子と終電ちゃん

2016年8月24日水曜日 『終電ちゃん』の副読本2冊

で紹介した

・小坂俊史(こさかしゅんじ) (2009.10) 『中央モノローグ線』(BAMBOO COMICS). 115pp. 竹書房, 東京.

の続編がコレ↓

・小坂俊史 (2011.6) 『遠野モノがたり』(BAMBOO COMICS). 117pp. 竹書房, 東京.
← 初出 : 月刊まんがライフオリジナル, 2009年11月号~2011年5月号.


装丁:名和田耕平デザイン事務所

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『中央モノローグ線』の主人公「なのか」が、東京の中野から岩手県遠野市に引っ越しての2年の暮らしを描く4コマ連作。作者自身が遠野に移住したからこうなったよう。

『中央モノローグ線』同様、他に4コマの主人公が「なのか」の他に2人いるが、『中央モノローグ線』よりずっと少ない。

この作品もやはり主人公のモノローグで構成されるのだが、他の住民との交流はほとんど描かれない。部屋でマンガ(作中ではイラストだが)を描いてばかりだった、作者の実体験が存分に反映されている(笑)。

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主要登場人物は3人しかいないのだが、実はもう1人、というのか何なのか、とにかくいる。「なのか」の部屋に棲みついている「座敷童子(わらし)」だ。



同書, p.16 & p.105

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この座敷童子が、

2016年8月16日火曜日 終電ちゃんに叱られたい

で紹介した「JR中央線の終電ちゃん」とよく似ているんですよ。


『終電ちゃん 1』, p.48.
(「ゲロならその辺にしちまいな!」だって。1巻の終電ちゃんはカッコイイよね)

いや、別に『終電ちゃん』の方が真似した、とか、パクったとか思っているわけじゃないです。偶然にしても、つながりが発生するのが面白いなあ、と思ってるだけ。

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それで、わかっちゃいましたね。前に「終電ちゃんは女神だ」という説を唱えましたが、修正します。

「終電ちゃんは(終電に憑いている)座敷わらしだ」

これでどうでしょうか?

2017年3月2日木曜日

近藤ようこ 『絹の紐』

十数年ぶりに近藤ようこを読んでみた。

・近藤ようこ (2003.11) 『絹の紐』(F×Comics). 157pp. 太田出版, 東京.
← 初出 : MANGA EROTICS F, vol.18-23.


装幀 : 井上則人・植田真奈美(井上則人デザイン事務所)

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いやあ、相変わらず後味悪い話ばっかりで最高です。変わってないなあ。

今回は特に、多少なりともエロしばりがあるので、後味の悪さもひときわです。

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そんな中、「桜」は、銭湯好きの長身娘の話。エンディング直前まではつらい話の連続なんだけど、オープニングとエンディングの銭湯シーンで救われてますね。これ↓


同書, p.104

結構ヘタなんだけど、好きだな、この絵。

なんとなく、つげ義春「長八の宿」のエンディングを思い出した。近藤作品の方は風呂絵の富士山だけど。

富士山て、陳腐でいいよね。

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そういえば、近藤ようこもガロ出身だったなあ。

デビュー当時、やたらと身毒丸が出てくる作品を描いてた頃はよく読んだ。

絵も雰囲気もほとんど変わっていない。これを機に、また何冊か読んで、後味の悪さを堪能するかな。