2018年3月1日木曜日

Spectator vol.41 「つげ義春」

最近また、何度目かわからない「つげ義春ブーム」。

今回火をつけたのは、

・芸術新潮, vol.65, no.1, 2014年1月号, 「デビュー60年 つげ義春 マンガ表現の開拓者」. 新潮社, 東京.
→ 再構成 : つげ義春ほか (2014.9) 『つげ義春 夢と旅の世界』(とんぼの本). 158pp. 新潮社, 東京.

なぜか、この本が2017年に日本漫画家協会賞大賞を受賞。授賞式には、つげ先生ズル休み(笑)。

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ガロの後継誌であるアックスも

・アックス, no.119[2017.10], 「特集 つげ義春 生誕80周年 祝・トリビュート!」, 青林工藝舎, 東京.

で特集。再構成・再発が何度目かわからない

・つげ義春 (2018.1) 『つげ義春作品集 ねじ式(改訂版)』. 456pp. 青林工藝舎, 東京.

も発売。ちょっとした「つげブーム」なのだ。最後(注)のマンガ作品「別離」(1987)からでも、すでに30年なのに。

(注)
まだご存命だが、インタビューによると、もうマンガを描く気はないようなので、「最後の」と呼んでいいだろう。もう80歳なんだから、無理して漫画を描く必要はないと思う。水木さんなんかは異常なのだ。

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そんな中、またも出た「つげ本」。しかし今回はちょっと別格だ。すごい。

・Spectator, vol.41[2018.2], 「つげ義春」. 240pp. エディトリアル・デパートメント, 長野(幻冬舎出版, 東京).


アートディレクション : 峯崎ノリテル((STUDIO)), デザイン : 正能幸介((STUDIO))

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この雑誌の存在は、今回はじめて知った。年3回出ているらしい。

Vol.31以降のバックナンバー・リストを見ると、

「ZEN(禅)とサブカルチャー」、「ボディトリップ」、「クリエイティブ文章術」、「ポートランドの小商い」、「発酵のひみつ」、「コペ転」、「北山耕平」、「赤塚不二夫・創作の秘密」、「パンク・マガジン『Jam』の神話」、「カレー・カルチャー」

と一定の色がない。最後の「カレー・カルチャー」はちょっとだけ、立ち読みしたことがあったが、それがSpectatorとは認識していなかった。

まあ、取り上げるテーマがサブカル中心であるのはわかった。

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編集長は青野利光。知らない人だ。

そして編集に入っているのは、流浪の編集者・赤田祐一。今回の特集は、赤田氏の意向が大きく反映されているそうな。

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目次をあげておこう。


Spectator, vol.41, p.19


Spectator, vol.41, p.21

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マンガ作品は、3作。貸本時代の「おばけ煙突」(1958)、ガロ時代の「ほんやら洞のべんさん」(1968)、後期の「退屈な部屋」(1975)、と、つげ作品入門編としてはバランスいい。

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・高野慎三・作成, 浅川満寛・増補, スペクテイター編集部・構成 (2018.2) つげ義春年譜. Spectator, vol.41, pp.93-100.
← 初出 : つげ義春 (2017.11) 『改訂版 つげ義春作品集 ねじ式』. 青林工藝舎, 東京.

これは、微に入り、細に入った年譜。つげさんは作品数はそんなに多くないので、(マンガ以外も含む)作品リストにもなっている。資料的な価値もかなり高い。

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論考では、これまでの「つげ本」では見たことがないユニークなものが目につく。

・つげ義春・文, 河井克夫・挿画 (2018.2) つげ義春の幼年時代. Spectator, vol.41, pp.85-92.
← 文初出 : つげ義春 (1968.4) 断片的回想記. 『つげ義春作品集』所収. 青林堂, 東京.


Spectator, vol.41, p.86

アックス(exガロ)系マンガ家・河井克夫が、夢日記シリーズの頃のつげさんの絵を真似て描いている。うまいよねえ。

この時代のつげさんの絵は、誰が見てもヘタ。絵のパースも狂っていて、みなつげさんの精神状態を危惧したもんだった。

しかし、自分で自分の作品をすべて語ってしまった『つげ義春漫画術』などによれば、夢の奇妙さを表現するため、わざとヘタに描いたという。わざとヘタに描くのは、結構大変だったそうな。

ホント・・・創作者っていう人たちは、食えない人たちですね。一杯食わされた(矛盾した表現)。

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・浅川満寛 (2018.2) 劇画の新たな展開 つげ義春の登場. Spectator, vol.41, pp.63-71.

辰巳ヨシヒロ(1935-2015)を中心とした、同時代の劇画家の作品と比較しながら、マンガ家・つげ義春の成長過程を分析した力作。

辰巳らの影響を受けているのは間違いないが、同時に他のマンガへのつげ作品の影響も大きかった。それがよくわかる力作論考だ。

これを読んだあとで、もう一度「おばけ煙突」を読み返すといい。

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・遠藤政治・談, 浅川満寛・取材と文 (2018.2) つげと僕が二〇代だった頃 遠藤政治氏に聞く. Spectator, vol.41, pp.73-80.

「下宿の頃」(1973)の円堂さんのモデルである、元・マンガ家~アニメーターの遠藤政治氏のインタビュー。いやあ、これはよくぞインタビューしてくれた。

だいぶご高齢なのに、しっかりしていらっしゃる。話も抜群に面白い。

何かと芝居じみた、つげさんの行動がだいぶわかってきた。あのハンサム具合に加えて、この行動でしょ。もてるはずだわ>つげさん。

とにかく、おもしろすぎるインタビューなので、何度でも繰り返し読みたくなります。

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・藤本和也+足立守正・対談+構成 (2018.2) 名作の読解法 「ねじ式」を解剖する. Spectator, vol.41, pp.112-120.

今回の目玉論考。これは「ねじ式」(1968)の元絵を見つけてくる、という試みだ。びっくりした。


Spectator, col.41, p.115

「ねじ式」の絵が、つげさん独自の絵だけでない、というのは読めばすぐわかる。他の作品と比べて絵柄が違いすぎるのだ。

おそらく何か元絵があるのだろう、とは思っていたのだが、これだけいろんな写真から引用していたとは驚いた。

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著者らは、日頃は主に水木作品の元絵を見つけてはWEB上で発表している人たち。

こういった作業は、水木先生を神格化して崇めている人たちには、すこぶる評判が悪い。「あら探しをしている」と映るようなのだ。

貸本時代の水木作品では、米沢嘉博もその翻案元ネタを探す、という作業をやっていたが、これも水木ファンには疎まれたようだ。

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しかし、こういった作業は、文学、音楽、絵画の世界では当たり前のように行われている。そんなにアレルギー反応を起こすようなものではないはずだ。

最近Jazzの世界でも、Be-Bopの巨人Charlie Parkerでさえ、独創性にあふれたアドリブと思われていたものが、実は当時の流行歌からの引用だらけであることが判明してきているし。

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これは「つげ作品」が、単なる消費財から徐々に文化財へと移り変わりつつある過程での、必然的な現象、とみていいだろう。

とにかくおもしろいぞ。これだけを目当てに買う価値は十分ある。

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これによって、「ねじ式」をシュールレアリズムの文脈で語るだけではなく、「コラージュ作品」という、新たな視点で語ることが可能になった。その方向での評価は始まったばかりなので、今後いろいろな論考が出てくるだろう。楽しみだ。

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・山口芳則 (2018.2) あの頃の、つげ義春とぼく. Spectator, vol.41, pp.193-196.

水木プロで共に仕事をしていた山口氏は、この手の水木プロ回顧では常連。つげさんの生の姿をよく伝えてくれている。

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・つげ義春 (2018.2) 「つげ義春日記」より. Spectator, vol.41, pp.201-205.
← 再録 : つげ義春 (1983.12) 『つげ義春日記』. 講談社, 東京.
← 初出 : つげ義春 (1983.3~12) つげ義春日記. 小説現代, 1983年3月号~12月号.

『つげ義春日記』は、隣人のプライバシーなどを実名入りで無断で発表してしまったため、クレームがつき絶版となった。今後も復刻の見込みはない(少なくとも初出のままでは不可能)なので、ごくごく一部とはいえ、今回の再録は貴重。

私は、『つげ義春日記』もちろん持ってますよ。

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・坪内祐三 (2018.2) 川崎長太郎とつげ義春のリアリズム. Spectator, vol.41, pp.210-212.

つげさんも大好きな、私小説家・川崎長太郎の作品を取り上げて、私小説の虚実ないまぜの世界を探る。

つげさんも、作者本人としか思えない登場人物・舞台で、私小説ならぬ私マンガと思わせる作品をあれだけ描いておきながら、「マンガと現実の自分を同じだと誤解する人がいるので困る」とか言うんだから、参る。ホント、食えない人たちだ>創作者という人種。

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そして巻末に、

・つげ義春・談, 浅川満寛・取材構成+聞き手, Spectator編集部・赤田祐一・聞き手 (2018.2) 「貧乏しても気楽に生きたい」 つげ義春氏の近況. Spectator, vol.41, pp.225-230.

インタビューはめったに受けない人なのだが、ちょこちょこインタビューは現れてくるので、つげさんの近況というのは、ある程度把握できている。今回のインタビューでも、それと比べて大きな発見はない。

しかし今回は、日常生活よりも、心境についてかなり多く語っているので、ちょっと見逃せないインタビューだ。仏教についての知識・興味なども、これではじめて知った。

「早く死にたい」としきりに語っているが、これもある程度自己演出の一環かもしれない。全くもう・・・。

話しぶりはしっかりされており、語る内容も明晰。ボケたような感じは全くない。まだまだ大丈夫そう。最後のページの微笑もイイ!

このインタビューだけを目当てにしてでも、十分買う価値があるぞ。

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とにかく、数ある「つげ本」の中でも、一・二を争う力の入った特集。

この雑誌を置いている書店は少ないようで、いったいどこで入手できるかは知らない。まあ巨大書店ならあるでしょう。

私は、発売直後に運よく見つけて買ったからよかったものの、ヘタしたら気づかないまま品切れになっていたかもしれない。よかった。

事実、自分が買った書店でも、当初5冊くらいあったのだが、3日後にはもう全部なくなっていた。

書店で出くわすのは結構大変そうなので、通販を使ってでも早めに手に入れた方がいい。それだけの価値がある特集です。

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